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書評“裏方”の仕事に脚光著者はレコード・プロデューサー。カラヤン(指揮者)、チェリビダッケ(同)、グールド(ピアニスト)の音楽を録音との関わりにおいて論じ、また偉大な同業者のカルショウがショルティ指揮の楽劇「指環4部作」を制作した経緯を描く。著名な音楽家の名がいたるところに顔を出す。読んでいてまことに興味ふかい。 だれが言ったか知らないが、連合艦隊司令長官、プロ野球監督、オーケストラ指揮者は男子たる者の夢であるという。すべてを思いのままに動かせる仕事ということか。だが、そうは問屋がおろさない。司令長官には軍令部総長、監督にはゼネラル・マネージャーという天敵(?)がいて、行動を制約してくる。指揮者に対するは、アーティスト以上に音楽を理解し、音色を聞き分ける耳をもつプロデューサー。両者が正面から向き合い、存分にぶつかったり共鳴したときに、すばらしいレコードやCDが誕生する。だからすべてを自らの手で行おうとしたカラヤンとグールドに対しては、どうしても辛口な評価が下される。一般には録音を嫌ったと理解されているチェリビダッケについては、実は録音にもっとも適した巨匠であるし、彼自身も録音作業を否定してはいなかった、とされる。 プロデューサーの役割をここまで大きく見ることは妥当なのだろうか? 記録された演奏は、よかれあしかれ、やはりすべてが音楽家の責任ではないのか? 読者の中にはそうした疑問を抱く方も少なくないだろう。だが、巨匠〈マエストロ〉の称号にはほど遠いながら、何冊かの本を世に問うた経験をもつ私には、著者の主張がいたいほどに分かる。すぐれた本はすぐれた編集者なくしては決して成り立たないからだ。編集者が鋭く問う。著作者はふみ込んで答える。一歩も引かぬつばぜり合いが、いい叙述をうむ。 時として専門性にはまりこんでしまう芸術家や研究者のふるまいを、社会につないでいく。そうした作業は不可欠かつ重要であると思う。 ◇いさか・ひろし=1940年生まれ。レコードプロデューサー。著書に『一枚のディスクに』。 春秋社 1800円 評・本郷和人(日本中世史家) (2009年11月2日 読売新聞) |
書店員さんがあらゆるジャンルのお薦めの本を紹介する読書日記。
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