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書評忘れられた苛酷な体験第二次世界大戦末期、日本との一週間の戦争に勝利したソ連は、旧満州の日本人約六十万人を抑留した。そのうちの約六万人が死亡している。二千か所の収容所の所在地は、シベリアに止まらず、ユーラシア各地に及んでいる。抑留期間は最長十一年である。このシベリア抑留は、東京大空襲や沖縄戦、原爆投下と比較すると、顧みられることが少ない。 おそらくは抑留者の大半が軍人・兵士だったからだろう。一般市民の犠牲と同列に扱うわけにはいかない。そんな意識があるからにちがいない。あるいは戦後日本のインテリ層の親ソ感情がシベリア抑留のタブー視をもたらしたのかもしれない。 本書は、このようなシベリア抑留の全体像を体験者と遺族へのインタビューをとおして明らかにする試みである。 もっとも苛酷(かこく)で凄惨(せいさん)な戦争の体験者は、決して語ろうとはせず、沈黙を守る。シベリア抑留の場合も同じである。それにもかかわらず、彼らは遺言のように、著者に語った。飢餓・極寒・重労働の「三重苦」は、文字通り生き地獄だった。人間の最小限の尊厳すら奪う収容所生活は、語り継がれることを拒絶しているかのようである。著者は、その歴史の厚い壁に穴を開けて、シベリア抑留の現実をうかがわせる。 長期間の抑留後、ようやく帰還した彼らを待ちうけていたのは、誤解と偏見の悲劇だった。「シベリア帰りはアカ」。彼らの社会復帰はままならなかった。他方でソ連社会主義を称賛する知識人は、抑留を正当とする一方で、帰還者の「驚くべき無知」を批判した。さらに政治が帰還者を翻弄(ほんろう)する。「日ソ国交回復によって問題は解決した」。この立場に立つ政府を相手取った訴訟は、敗訴に終わった。 帰還者の犠牲のうえに成り立つ戦後日本が「平和と民主主義」の国であるはずはない。八十歳を超える彼らの尊厳の回復をとおして、「平和と民主主義」を再確立するために、残された時間はわずかしかない。 ◇くりはら・としお=1967年、東京生まれ。毎日新聞記者。 岩波新書 700円 評・井上寿一(日本近現代史家) (2009年11月2日 読売新聞) |
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