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書評現実から目をそらさず評者はフランス滞在中、チェチェンから逃れてきた若者たちに会ったことがある。彼らを支援する人が教えてくれた。国にいたら若い男だというだけで、テロリスト容疑で連行され、拷問され、消息不明になる危険がつねにあるからね、と。でも、どうしてそんなことに? 多くの死傷者、難民を出したロシア軍の侵攻、独立武装派によるモスクワ劇場占拠事件、北オセチア共和国の学校占拠事件、そしてチェチェン戦争のルポで著名なロシア人女性ジャーナリストのモスクワの自宅での暗殺など、チェチェンといえば想起されるのは、暗澹(あんたん)とさせられる衝撃的な出来事ばかりだ。それだけに何が起きているのか、人々はどのようにその現実を生きているのかを想像するのがとてもむずかしい。 そうしたつかみどころのない印象が、本書を読むことでくっきりと明確な像を結ぶ。戦争状態のチェチェンに潜入しての緊迫感に満ちた報道もさることながら、孤児院を経営する女性、そこに暮らす戦争孤児たち、夫や息子を失った女性たちへの粘り強い取材から、心と体に癒やしがたい深い傷を負った個々の人間の姿が鮮明に浮かび上がってくる。親を失い、実の叔父から性的虐待と暴力を受けた姉弟は、〈悪〉に感染されたかのように、〈悪夢〉の恐怖から逃れようとするかのように、姉は盗みをやめられず、弟は反抗的で物を破壊しては弱者に暴力をふるう。 チェチェン現職大統領、チェチェン人への人種差別で有罪になったロシア人の若者、従軍中に失明し「使い捨て」にされたロシア軍兵士への取材によって、チェチェンという複雑な問題が、多面的かつ立体的に提示されている。 良心的人権派ジャーナリストとしての著者自身の主張や感情は抑制されている。圧倒的な暴力の現実は、目をそむけさせ思考を停止させる。それではいけない。だからこそ著者の選んだ小説的な構成は、読者一人一人のうちに〈考える場〉を作り出すことに成功している。青木玲訳。 ◇Asne Seierstad=1970年生まれ。著書に『カブールの本屋』など。 白水社 2800円 評・小野正嗣(作家) (2009年11月2日 読売新聞) |
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