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書評歴史の痕跡 鮮やか地下という言葉には、どこか不穏で危険な響きがある。本書が迫るのは大都市パリの地下世界だ。 パリの地下の特殊性は、ローマ人が始めた石灰の採掘にある。採石場で穴だらけになっているため、近代まで陥没事故が頻発。建物が突然崩壊して、人々を恐慌状態に陥れた。 一方、大昔から花の都パリに漂っていたのは悪臭。教会内の墓所に埋葬された亡骸(なきがら)が発する屍臭(ししゅう)である。あまりの悪臭に耐えがたく、墓所を閉鎖して、設けられた納骨堂がカタコンブだ。現在は600万〜700万人分の遺骨が、パリ地下に眠っているという。図版に見える人骨の山は想像を絶する不気味さだが、カタコンブは見世物として成功し、19世紀末にはここで夜中に音楽会も開かれたそうだ。なんと物好きな! 奇天烈(きてれつ)といえば、圧縮空気用管道を地下に通して、圧縮空気でパリ中の時計を同時に動かし、時刻を統一したという話もある。19世紀当時、パリの時計はすべて違う時刻を示していて、時間の統一が大問題だったというのだ。さらに、1934年には136か所のパリの全郵便局が気送管で結ばれ、数十分で手紙が目的地に到着していた。1984年まで稼働していたというからすごい。 そして現在。カタフィル(地下愛好家)と称する人々が、立ち入り禁止地区の探検を楽しんでいるという。著者も実際に地下に潜って、彼らから話を聞いている。カタフィルは歴史家のなりそこない、洞窟(どうくつ)愛好家、束縛の多い地上から逃れて自由を求めてやってくる若者など。大都市の生活になじめない彼らにとって、地下の世界が聖域のような避難所になっているのが印象深かった。 華やかな表の顔と、人骨が山積みされた怪しい裏の顔。後者はまさに『オペラ座の怪人』の世界だ。その両面を併せもち、地下に歴史の痕跡を鮮やかに残していることが、パリの魅力につながっているのではないか。本書を読んで、そう思わずにはいられなかった。古川まり訳。 ◇Gunter Liehr=1949年生まれ。作家。77年よりパリ在住。パリの歴史に関する著作多数。 東洋書林 3800円 評・黒岩比佐子(ノンフィクション作家) (2009年11月16日 読売新聞) |
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