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書評

  • 『東シナ海祭祀芸能史論序説』

    野村伸一
    出版社:風響社
    発行:2009年9月
    ISBN:9784894891395
    価格:¥3150 (本体¥3000+税)
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国境超える道しるべ

 東アジアが経済的にますます緊密な関係になってきている。政治・外交的にも、東アジア共同体が議論されている。しかし、何か肝腎(かんじん)なことが忘れられてはいないだろうか。肝腎なこと、それは経済や政治ではない。人間のこころである。何を美しいと感じ、どう悲しみをあらわすか、といった、文化や世界観の問題である。

 とりわけ大切なのが、いのりとまつりとあそびではあるまいか。死者のためにいのりを捧(ささ)げ、畏怖(いふ)するものをまつり、他者とからだを共振させながらあそぶ。これが東アジアの原点なのだが、実際のところ、国境を超えて東アジア全体を視野に入れながらその深層にまで迫るのは、たいへんむずかしい。そのむずかしい研究に真正面から取り組んだのが、本書の著者である。「東シナ海祭祀(さいし)芸能史」という聞き慣れない言葉は、著者が新しくつくった学問のジャンルなのだ。

 中国の江南から、台湾、沖縄、朝鮮半島南部。この東シナ海を取り巻く地域の祭祀・芸能は、強い関連性を持っている。

 たとえば、花と蛇。このふたつは、東シナ海のいのりとまつりとあそびの世界には欠かせぬものだ。中国南部から台湾、済州島、日本にかけてぐるりと、花と蛇の祭祀・芸能が最古層の文化を伝えている。と同時に、蛇神祭祀は済州島で儒教によって抑圧されるなど、東アジア内部での思想的葛藤(かっとう)も生々しくダイナミックである。本書ではそのほか蜡祭(ささい)(豊年祭)、儺儀(なぎ)(鬼やらい)、巫儀(ふぎ)、女神、南戯(ナンシ)(祭祀演劇)に焦点を当て、東シナ海周辺の祭祀と芸能が互いにいかに〈近い〉のかが立体的に語られる。近いのだが、それが見えていないだけなのである。

 それを見なくてはならない研究者たちが、いまだに国家の境界線に縛られている。だから若者よ、〈一念発起し東シナ海周辺地域の祭祀や芸能に接近されんことを〉と著者はいう。この書がその最良の道しるべになるであろうことは、まったく疑いない。

 ◇のむら・しんいち=1949年、東京生まれ。慶応大教授。主著に『巫と芸能者のアジア』『仮面戯と放浪芸人』など。

風響社 3000円

評・小倉紀蔵(韓国思想研究家)

(2009年11月16日  読売新聞)