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『バナナの皮はなぜすべるのか?』
黒木夏美
出版社:水声社
価格:¥2100 (本体¥2000+税)
人類共有のギャグ
一読驚嘆の書。まさか「バナナの皮」で本が一冊書けてしまうとは! しかし、書名を見て吹き出した後で本文を読めば、この本が真面目に書かれた研究書であることがわかるだろう。
「バナナの皮ですべる」という状況はいつからギャグになったのか、その原点はどこにあり、世界各地でどう受容されているのか、日本に定着したのはいつで、漫画や文学や映画でどう表現されてきたのか、なぜ「バナナの皮」だったのか、などを調べ上げた著者の情熱に敬服する。
引用が圧巻。“バナナの皮ギャグ”が漫画に多く出てくることは容易に想像できる。だが、「バナナの皮の文学史」として紹介される豊富な文例には驚いた。夢野久作、堀辰雄、島木健作、中島敦、海野十三などの小説に、バナナの皮はすべるという話が登場する。最初はギャグ色が強くなく、あくまで現実的なものとして文学作品に描かれていた、という指摘にも納得。
日本にバナナの皮ギャグが定着したのは、チャップリンらの映画が人気を博し、バナナの皮ですべる場面を多くの観客が目撃した大正時代らしい。インターネット上では、バナナの皮ギャグの元祖はチャップリンという説が有力だが、疑問を抱いた著者はチャップリン以前のさまざまな実例を発掘し、バナナの皮ギャグは「国境を越え時代を超えて繰り返し使われ続け、やがて誰のものでもない人類共有の文化となった稀有(けう)なギャグなのである」という結論に達する。
さらに、著者は欧米の新聞記事を調べることで、19世紀後半にバナナの皮による転倒事故が続発していた事実を突きとめる。いま、バナナの皮ですべれば「まるで漫画みたい」と思うが、ことの起こりは逆で、現実に多くの人がすべって足を骨折していた時代があったのだった。
散歩中に見たバナナの皮が神の啓示に思えて、バナナの皮ギャグを調べ始めた著者。暗い時代にこそ、こうした他愛のないものを楽しむゆとりが大事だ、という著者の姿勢に共感した。
◇くろき・なつみ=1978年、山口県生まれ。九州大文学部卒。本書が初の著書。
水声社 2000円
評・黒岩比佐子(ノンフィクション作家)
(2010年5月31日 読売新聞)
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