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『「日本人」という病』 河合隼雄著

評・細谷雄一(国際政治学者・慶応大教授)

悲しみに耳を傾けよう

 東日本大震災によって大きな傷痕が日本に残った。それは風光明媚(めいび)な風土、その土地の産業基盤のみならず、そこに住む人々の心にも見られる。

 臨床心理学の日本でのパイオニアである河合隼雄京大名誉教授であれば、そのような傷痕をどのように癒やすのか。何を語るのか。気になった。しかしその言葉を聞くことはできない。彼が他界してすでに四年という年月が過ぎている。

 だが幸いにして、彼の残した数々の著作をわれわれは手にすることができる。ここに紹介する本書では、「震災後の復興体験」と題する、阪神大震災後の様子を(つづ)った文章が含まれている。

 なるほど、臨床心理士ならではの、はっとする分析が数多く見られる。たとえば、あまりにもショックが大きすぎると、その直後には感覚が麻痺(まひ)してときに悲しみを感じないようになってしまうこともあるという。

 というのも、「そのまま感じたら、ショックで死んでしまうかもしれないから」だ。自分を守る本能としてしばらくは何が起こったか分からないこともある。

 しかし、時間の経過とともに徐々に巨大な悲しみの波が押し寄せる。震災直後よりも、むしろ少し時間が経って余裕ができた今こそが、最もつらい時期かもしれない。

 ところが、遠く離れた地に住む者からは、被災者への共感が失われつつある。そこに心理的な壁ができてしまう。

 そもそも「震災の場合は誰の責任でもない」はずだ。自分はものすごいマイナスを受けているのに、まわりの人で平気な人がいる。「誰だって怒りの感情が出てきてあたりまえ」だ。その自然な怒りの感情は行き場がない。被災地から離れたわれわれにできることの一つは、それらの悲しみや怒りの言葉へと真摯に耳を傾け続けることであろう。

 本書ではそれ以外にも「生と死」について見つめた味わいのある文章なども含まれている。河合隼雄はもういない。彼が残したあたたかい言葉の数々を大切にしたいと思う。

 ◇かわい・はやお=1928〜2007年。兵庫県生まれ。臨床心理学者。元文化庁長官、文化功労者。『昔話と日本人の心』など著書多数。

 静山社文庫 648円

2011年8月29日  読売新聞)

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