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    「素浪人」北条早雲 実は名門出身の若き官僚だった

    北条早雲〈1〉

     戦国時代、「下克上」で素浪人から大名に駆け上がった北条早雲(1456~1519年)を今シリーズでは取り上げる。

     生まれは伊勢(三重県)。素浪人だったが、姉か妹が側室として嫁いでいた駿河(静岡県)の今川氏のもとに潜り込み、1493年に伊豆(静岡県)に侵攻し、次いで相模(神奈川県)も治める大名となった――とされてきた。

     実は戦後の歴史研究では、早雲は素浪人ではなく、岡山出身の室町幕府の忠実な若き“官僚”で、派遣先の駿河で実績を上げ、そのまま伊豆でトップになったという人物像が浮かび上がっている。

     昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」の時代考証を務め、東日本の戦国大名の歴史に詳しい丸島和洋・慶応大非常勤講師(日本中世史)に当時の複雑な時代背景を含めて解説してもらった。

     「本人は『北条』とも『早雲』とも名乗ったことはなく、伊勢宗瑞いせそうずいと称していました。伊勢氏は室町幕府の将軍に仕える重臣の一族で名門です」

     丸島さんは、伊勢出身の素浪人という説を否定。丸島さんによると、早雲は、30歳代に2度、京都から駿河へ派遣されている。1回目は将軍の秘書にあたる「申次もうしつぎ衆」だった32歳の時で、1487年。姉が嫁いでいた駿河守護の今川氏の家督争いで、正室だった姉の息子・氏親うじちか(義元の父)を支援するためだった。

     2回目は91年。その2年後に伊豆の堀越御所(静岡県伊豆の国市)にいた堀越公方の後継者と戦い、伊豆を奪い取った。

     「早雲は将軍の親衛隊『奉公衆』(申次衆はその中の役職の一つ)に属しており、2回の派遣とも、将軍の許可があったことは明白で、旧説の下克上を狙った早雲の個人的な野望とはいえない」と言う。

     1度目は、今川氏の家督相続に決着をつけると土着せずに帰京しているので野望がないことはわかる。だが、2度目には、伊豆を攻め落としているのだから、下克上と言っていいのではないか。

     なぜ将軍の派遣官僚だった早雲が国を奪うことになったのか。この疑問を解くためには、伊豆を含む「関東」が持っていた室町幕府への対抗意識を考える必要がある。

     京都を中心に起きた「応仁の乱」(1467~77年)に先立ち、関東では、足利一族である関東公方(鎌倉から茨城・古河こがへ移ったため「古河公方」と呼ばれた)とナンバー2の関東管領の上杉氏が争い、すでに戦国時代の幕が上がっていた。幕府は、混乱を収束しようと、8代将軍の兄を新たな公方として関東に派遣した。しかし、関東で対立しあう両派は、幕府の言うことは聞きたくないという点では一致。結局、将軍の兄は鎌倉まで入れず、伊豆の堀越御所で「堀越公方」と呼ばれた。

     堀越公方には、3人の息子がいた。長男・茶々丸は側室の子、次男と三男が正室の子だった。91年、堀越公方は、三男を次期公方に指名して死亡。正室の子のうち、次男は将軍候補として京へ送られていたからだ。ところが茶々丸は、異母弟である三男と義母の正室を暗殺して、御所の実権を奪った。

     その2年後、駿河に下向していた早雲が伊豆へ侵攻した。この年、京ではクーデターが起き、堀越公方の次男が11代将軍・足利義澄となる。

     「親衛隊である早雲は将軍から生母と弟のあだ討ちを命じられたと考えられます」と丸島さんは主張する。その後、早雲は伊豆にとどまり、堀越御所近くの韮山城(伊豆の国市)を居城とし、伊豆に根ざした大名へと駆け上がる。(岡本公樹)

    頼朝挙兵の地新たな御所/

    堀越ほりごえ御所/静岡県伊豆の国市四日町など/

     鎌倉(神奈川県)にいた関東公方の足利成氏しげうじは1455年、室町幕府に逆らって古河こが(茨城県)へ移り、東関東の武士を統合して抵抗を続けた。幕府は58年、8代将軍の兄・足利政知まさともを新しい関東公方として鎌倉へ送った。

     伊豆守護も務めていた関東管領上杉氏は、成氏との和解も探っており、2人の「関東公方」が近くにいると問題が複雑になることなどから、政知を伊豆の堀越にとどめ、御所とした。

     伊豆の国市教委文化財課の山本哲也さんは「ここで源頼朝が平氏討伐の兵を挙げた鎌倉幕府の発祥の地ということも、御所に選ばれた理由でしょう」と話す。御所があった守山の麓は、伊豆に流された頼朝が北条政子とともに住んだ場所だ。

     御所は北条早雲の伊豆侵攻後に廃絶したとみられ、発掘調査では、都風の庭園跡が出土している。

     伊豆箱根鉄道韮山駅から徒歩約15分。国史跡「伝堀越御所跡」は広場となっている。近くに駐車場あり。

    • 狩野川沿いの守山(左)の麓にある堀越御所跡(伊豆の国市提供)
      狩野川沿いの守山(左)の麓にある堀越御所跡(伊豆の国市提供)
    2017年06月12日 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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