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「終わった」はずの性感染症が復活か
これを機に日本人が考えたいこと

武井 弥生 総合人間科学部 看護学科 准教授

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梅毒急増の日本的な背景

国内の「梅毒」患者数が、ここ5年で4倍以上に急増、昨年は44年ぶりに5,000人を超えました。同様の現象は欧米諸国でも見られるのですが、わが国では女性、とりわけ10代・20代の若い年齢層での増加傾向が目立っています。

理由は特定されていません。ただ増加を抑えられない間接的な要因として、次のようなことが考えられると思います。

一つは、この病気に対する「油断」。梅毒はすでに克服された過去の病気で、万一かかっても薬で簡単に治る――そんな思い込みから、皮膚の潰瘍などの初期症状をそれと気づかず、やがて症状が収まるだろうと安心してしまったり、あるいは、医師ですら別の皮膚疾患と判断するようなケースもあったりします。

病気はその後も進行し、死に至ることもある重篤な状態に陥りかねないだけでなく、その間本人が新たな感染源となってしまう可能性があります。さらに、もし妊娠すれば、赤ちゃんが先天梅毒にかかり、多くの場合、赤ちゃんは死亡または重度の障害を抱えてしまう恐れがあります。

もう一つは、「性」にかかわる話題を必要以上にタブー視する日本人の意識。たとえば厚生労働省は、梅毒など性感染症に対する注意喚起のポスターやチラシを、人気アニメ『セーラームーン』とのコラボによって作りました。これは若い女性への訴求を重視したからなのですが、私自身は、女の子たちが集まるような場所でそれらをあまり見ない気がするのです。性にかかわる内容ゆえ、掲示や配布がためらわれているのではないでしょうか。

この点、より象徴的な出来事が先ごろ報道されました。都内の中学校の性教育の授業について、ある都議会議員が、内容が年齢に照らして早すぎるとクレームをつけ、都の教育委員会もそれに対応したというのです。中学3年生なら、教わらなくても性行為についての一定の知識はあって当たり前。だからこそ、性感染症の予防をはじめ避妊・人工中絶などについて、使う言葉には配慮は必要ですが、本人と赤ちゃんの生命にかかわる大事な事柄を、きちんと学校で教えなければいけないのに、目線がまるで反対を向いています。

「家族計画」の新しい考え方

「性」について正しく学ばなければならないのは、子供たちだけではありません。かつて私は、産婦人科医として、胎児のダウン症を示唆する徴候を、母親に告知すべきか否か、とても悩んだことがありました。告知しなければ精密検査で確実な診断をすることができず、もちろんダウン症とわかっても、冷静に考えれば大切に生み育てる選択肢もある。ところが、疑いがあると聞いただけで、多くの母親はパニックになり、よその病院で中絶手術を受けてしまったりするのです。

そんなとき紹介されたのが、自然家族計画法の「クレイトン・モデル」というものでした。詳細な説明は別の機会に譲りますが、女性が排卵日を正確に自己診断することにより、薬品や器具を一切使わず妊娠をコントロールする技術を中心とするこのプログラムには、生命の神秘や尊厳を再認識し、パートナーとの愛情を深め、子供の誕生を心から望み喜ぶことにつながるようなたくさんの知恵も含まれています。

そして、この方法を指導していくと、多くの場合、胎児の障害に対するその人の意識が少しずつですが前向きなものに変わっていくことに気づきました。正確な知識とやわらかな考え方をあらかじめ持っておくことが、いざというときに適切な判断をくだす上でいかに大切か、私はあらためて知ったのです。

性感染症ばかりでなく、少子化や子供の虐待など、夫婦・親子・家族にかかわる様々な問題を抱えるいまの日本で、こうしたプログラムや考え方が貢献できる部分はとても大きいはずです。多くの人々が興味を持ってくれるよう、そしてできれば学校の性教育などにも有効な形で取り入れられていくよう、力を尽くしていきたいと思います。

上智大学で看護を学ぶ意味

冒頭で、先進国での梅毒の感染拡大について述べましたが、途上国における感染はむろんその比ではありません。そもそも正確な調査自体行われていないのですが、たとえば妊婦健診のデータなどから、梅毒感染率10%、HIV感染率3.5~7%といった恐ろしい数字が見えてきます。

また私は、エチオピアや東チモールの医療現場で働く中で、薬も器具も足りないために、日本にいたなら助かるはずの患者さんが苦しみながら亡くなるのを、ただ眺めているしかないというような、医師としてやり切れない体験を何度もしてきました。このような状況を、世界一のフードロスを生み出す飽食社会に生きる日本人が、他人事で済ませることはできないと、私は思います。

私が所属する上智大学看護学科の国際看護学コースは、まさにこうした問題と向き合い、考え、行動する看護師を育てる場です。

学科が置かれているのは総合人間科学部。同学部に集められた教育・社会福祉などの多彩な学問領域に共通する重要なテーマは「人間の尊厳」、これは国際看護師協会の倫理綱領で、「看護の原点」とされている概念にほかなりません。つまり、看護師として最も大切な姿勢や考え方を、幅広い視点で学び、土台を固めた上で専門的な知識や技術を身に付けられる環境が、ここには整えられているのです。

同学科の母体は、2011年に上智大学と合併した聖母大学。60年以上にわたり、カトリック精神に基づく独自の教育で看護師を育て続けてきた聖母の、豊かな知的・人的資源が、そのまま上智に引き継がれました。

その中でも国際看護学コースは、国外で流行する疾患に備える「国際感染症学」、国連の開発目標を中心に学ぶ「国際保健看護学」などの講義、山谷やハンセン病施設での国内実習と共に、課題の多い途上国の実情に触れて真の国際感覚を養うフィリピンでの実習など、他大学にはない特色あるカリキュラムを提供し、NPOなどを含め文字通りグローバルに活躍できる看護師の養成を目指しています。

世界のどこでも、自分が一番必要とされる場所で存分に力を発揮したい、そんな高い志を持った看護師が、ここからたくさん巣立ってくれることを願っています。

武井 弥生 総合人間科学部 看護学科 准教授

北海道生まれ。1982年北海道大学医学部卒業。1990年リバプール大学付属熱帯医学校(イギリス)にて熱帯小児医学修士を取得。2010年米国オマハの教皇パウロ6世研究所でクレイトン妊孕能ケアシステム教師資格習得。東京女子医科大学にて内科研修後、1991年エチオピア、当時シダモ州アワサのカトリックヘルスセンター勤務。北海道大学産婦人科医局入局、1998年産婦人科認定医。2002年東チモール国立病院産婦人科勤務。2003年タンザニアのコンゴ人難民キャンプで保健要員。2010年ハイチ・セントダミアン病院婦人科支援。2011年より現職。
専門は産婦人科学。現在、自然家族計画法及びウガンダのうなづき症候群について研究を行っている。日本熱帯医学会評議員。

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