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    弘前城天守台に「いかすみ石」…用途など調査へ

    • 弘前城本丸の天守台最上段の四隅から見つかったイカのような形の隅石(11日、弘前市で)
      弘前城本丸の天守台最上段の四隅から見つかったイカのような形の隅石(11日、弘前市で)
    • 弘前城天守の航空写真。四隅にイカの形の隅石が見える(弘前市提供)
      弘前城天守の航空写真。四隅にイカの形の隅石が見える(弘前市提供)

     石垣の解体改修工事が進められている弘前城本丸で、天守台の最上段からイカのような形状をした「隅石」が見つかり、青森県弘前市は11日、天守前で一般公開を始めた。

     隅石は天守台の四隅に置かれるが、通常は直方体の石が用いられるとされる。市は「イカ形は全国的にも他に例を見ない」(公園緑地課弘前城整備活用推進室)として、用途や造られた時期などを今後調査する。

     イカ形の隅石は、市が「いかすみ石」と名付けた。4月上旬頃に確認され、5月23日に取り外されると、6月29日に開かれた専門家らによる弘前城跡本丸石垣修理委員会で「全国的に珍しい」と指摘された。

     一般公開されているのは、南東の角に据えられていたいかすみ石で、長さ約2・7メートル、幅約1メートル、高さ約0・6メートル、重さ約3・1トン。ほかの3個もほぼ同じ形状、大きさという。いずれも弘前城石垣のほかの石と同様、岩木山麓で採れる輝石きせき安山岩が使用されている。

     市によると、天守台を補強するために隅石をイカ形に加工し、三角形の先端部分にほかの石をはめ込むようにしたとも考えられるが、イカ形となった理由は不明だ。

     造られた時期については、現在の天守が再建された江戸後期の1811年から、天守を移動して石垣を改修した明治・大正期までの間とみられるという。

     一方、南東角のいかすみ石の真下にあった2段目の隅石からは、1915年にあたる「大正四年十月一日」の日付と、当時の長尾義連よしつら市長による石垣大改修を記念した刻字も見つかった。前回の石垣大改修で、移動した天守を元の場所に戻す際に行った地鎮祭の直前に刻まれたとみられるという。この刻字された石も一般公開されている。

    2017年08月12日 08時04分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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