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    文化庁から「日本遺産」に認定された全国各地の文化財・伝統芸能をご紹介します。
    中国・四国

    尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市【広島】

     【概要】尾道三山と対岸の島に囲まれた尾道は、町の中心を通る「海の川」とも言うべき尾道水道の恵みによって、中世の開港以来、瀬戸内随一の良港として繁栄し、人・もの・財が集積した。その結果、尾道三山と尾道水道の間の限られた生活空間に多くの寺社や庭園、住宅が造られ、それらを結ぶ入り組んだ路地・坂道とともに中世から近代の趣を今に残す箱庭的都市が生み出された。迷路に迷い込んだかのような路地や、坂道を抜けた先に突如として広がる風景は、限られた空間ながら実に様々な顔を見せ、今も昔も多くの人を惹きつけてやまない。
    <2015年4月認定。以下は、認定申請書類から引用>

    • 尾道水道の景観
      尾道水道の景観
    • 塔婆と尾道の町並み
      塔婆と尾道の町並み

     船に乗って尾道水道を進むと、川を遡っているような感覚になるだろう。尾道水道は、瀬戸内海に面した港町尾道と対岸の向島に挟まれた幅狭の水道で、いわば「海の川」である。利便性の高い「海の川」は重要な交通路として多くの商人に重宝され、尾道は、中世には瀬戸内海の人・もの・財が集積する港町として発展した。

     この尾道水道と尾道三山(大宝山(たいほうざん)摩尼山(まにさん)瑠璃山(るりさん))に縁どられた狭小な空間には、町の発展とともに多くの寺社が建てられた。寺社が増えるに従い、その周辺に更に家々が密集して建ち並び、現在の水道間際まで家々がせまる風景が作り出されることとなった。

     船上から尾道を眺めれば、尾道三山と街の景色が一望できる。それぞれの山腹に中世の塔がそびえたち、その眼下には寺社と家々がひしめき合って山の斜面に建ち並んでいて、その間を縫うように路地と坂道が続いている景色である。

    2017年03月31日 07時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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