文字サイズ
    文化庁から「日本遺産」に認定された全国各地の文化財・伝統芸能をご紹介します。
    広域

    日本磁器のふるさと肥前~百花繚乱のやきもの散歩~【佐賀・長崎】

     【概要】陶石、燃料(山)、水(川)など窯業を営む条件が揃う自然豊かな九州北西部の地「肥前」で、陶器生産の技を活かし誕生した日本磁器。肥前の各産地では、互いに切磋琢磨しながら、個性際立つ独自の華を開かせていった。その製品は全国に流通し、我が国の暮らしの中に磁器を浸透させるとともに、海外からも賞賛された。今でも、その技術を受け継ぎ特色あるやきものが生み出される「肥前」。青空に向かってそびえる窯元の煙突やトンバイ塀は脈々と続く窯業の営みを物語る。この地は、歴史と伝統が培った技と美、景観を五感で感じることのできる磁器のふるさとである。
    <2016年4月認定。以下は、認定申請書類から引用>

    肥前窯業の始まりと日本磁器生産の幕開け

    • 染付山水図輪花大鉢(今泉吉郎氏寄贈 佐賀県立九州陶磁文化館所蔵)
      染付山水図輪花大鉢(今泉吉郎氏寄贈 佐賀県立九州陶磁文化館所蔵)

     16世紀末頃、九州北部の唐津市北波多周辺では陶器(唐津焼)の生産が行われていたが、そこへ「文禄・慶長の役(1592~1598)」の際に肥前の各大名が朝鮮半島から連れ帰った陶工の技術が加わり、伊万里・有田・武雄・三川内(みかわち)波佐見(はさみ)など周辺各地へと産地が拡大した。そして1616年、朝鮮陶工の一人、金ヶ江三兵衛(かながえさんべえ)李参平(りさんぺい))が、磁器の材料となる良質の陶石を有田の泉山いずみやま磁石場じせきばで発見し、日本の磁器生産が始まったとされる。こうして肥前の窯業は、日本のやきものの歴史に大きな一歩を踏み出した。

     当時の日本において、白く光沢があり強度に優れた磁器の生産は、大きな技術革新であり、その白さは、色鮮やかで繊細な模様を描くことを可能にした。これにより、陶器や木製食器に加え、多彩な図柄が描かれた磁器を季節や料理にあわせて使い分けるなど、料理と器をともに楽しむ日本の食文化に新たな要素が加わることとなった。

    2017年03月31日 12時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    PR情報
    PR
    今週のPICK UP