ヨミダス歴史館

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インタビュー

ロバート キャンベルさん

新聞や雑誌の連載、テレビのコメンテーターとして活躍する日本文学研究者のロバート キャンベルさん。専門は近世・近代文学研究ですが、その研究には「ヨミダス歴史館」が大活躍していると熱く語ってくださいました。

貴重な「文化資産」ヨミダス

実は私は「ヨミダス歴史館」のヘビーユーザーで、少なくとも週2回は利用しています。「ヨミダス」はまさに、貴重な「文化資産」とさえ呼んでいいものだと思っています。固有名詞、一般名詞のキーワードだけでもかなり広い範囲でヒットする。これだけのビッグデータを使わない手はない、というよりもむしろ使うべきでしょう。

私の研究分野は明治前半までの19世紀の「言語文化」で、小説、俳諧、漢文を含むかなり広い範囲を扱っています。

1868年の明治維新を境に日本の体制、統治機構が転換し、皇族、華族、士族、平民という新しい階級ができるなど、社会制度は大きく変わりました。

しかし、読売新聞が創刊された明治7年(1874年)当時、かつての江戸の下町に住んでいた人たちの生活や根源的な部分は、10年前、20年前と大きく変わっていなかったはずです。つまり、当時の新聞を注意深く、丹念に読むことによって、江戸時代後期、幕末の人々の生活、趣味、ことばの使い方を知ることができるのです。

「ヨミダス」の登場は私の研究にとって、「暗い劇場にパッと灯りがつき、急に舞台が見えるようになった」かのようでした。

当時の新聞の「雑報欄」と呼ばれる短いお知らせ記事を丹念に読んでいくことで、江戸時代の人々の暮らしについて多くのことを推察できます。たとえば、江戸時代、神田祭の名物だった「附け祭」という芸能パフォーマンスがありました。今の私たちには、当時どのようなプロセスで祭りの演目を決めたのかを時系列でたどることはできません。しかし、明治11年(1878年)9月8日付の紙面に、「神田祭りの出し物を山車か地踊りにするかで相談中」という2行の記事が出ており、この短い記事から、天保や弘化年間のむかしにも「地元では祭りの出し物に関してこうやって皆の考えをまとめていたのではないか」ということが推察できるわけです。

私の持論ですが、「江戸の上澄み」、つまり江戸文化の最も豊かな、鮮やかな花が開いたのは明治初めから10年代ではないでしょうか。時代は激しく変わったと思われがちですが、人々の生活は江戸の文化を受け継ぎ、地続きだったのです。

自在に「使える、読める、探せる」

読売新聞の創刊当時、次々と新しい新聞が発刊されました。非欧米社会の中ではもっとも早い時期に新聞が社会に定着したと言えます。その国の言語で書かれた当時の新聞が自在に「使える、読める、探せる」のだから、「ヨミダス」には大きな意味があるのです。

「ヨミダス歴史館」の「明治、大正、昭和」の検索では、赤ピンが示す目的の記事だけではなくその面全体に目を通して欲しいと思います。それにより、その時代の空気、匂い、味、そして人々の感性が伝わってきます。記事を読んでいるだけで、知らないうちにその時代の常識、規範、人々の不安やこだわりなどが読み取れるのです。

夏目漱石や森鴎外など明治、大正の文豪を理解するためには、彼らの土俵を丸ごとのみ込み、追体験できるように自分を磨き続けなければなりません。鴎外研究で言えば、鴎外は読売新聞に何度も投書をしており、それらを読むことにより、鴎外の「作品の最初の姿」(投書)が「最初の読者」(投書の読者)にどのような文脈で受け取られたかということを知ることができるのです。

ひとつ忘れてはならないのは、読売新聞が「俗談平話」を趣旨とし、言文一致体を用い、総振り仮名、口語体で読みやすい、いわゆる「小新聞」と呼ばれる新聞で、人々への浸透を重視していたという点です。

明治の初めは、新聞は教科書や副読本のようなものでした。振り仮名によって、人々は難しい漢字が読めるようになり、新しい事物を理解していきました。私たち研究者は、当時の読者たちが新聞を読みながら日本語の読解力を身に着けていったという、大衆啓発の側面にも関心を持っています。

新聞データベースが自分の研究に役立つと最初に気づいたのは、ニューヨークタイムズ紙のデータベース利用がきっかけでした。岩倉使節団の半年以上にわたる米国滞在中の足取りや、当時の日本人が米国の人々の目にどのように映っていたかということを調べることができました。そんな中、2009年に「ヨミダス歴史館」が登場したわけです。

「ヨミダス」でかつての銀座を歩く

実は4、5年前から「銀座」を重要なテーマとして研究しており、雑誌「文学」に「銀座文芸の百年」という連載を書いています。明治5年(1872年)に銀座にレンガ街が建ち始めてから、高度成長期の一歩手前の昭和30年代初めくらいまでを対象にしています。銀座が舞台の小説を手当たり次第に読み、「小説に描かれている銀座」が事実なのかを検証しています。丹羽文雄の「銀座マダムもの」と呼ばれる一連の作品もそのひとつで、この作業で大変活躍しているのが読売新聞です。

また、大正12年(1923年)の関東大震災の銀座大火のあとには、次々にバラックが建ちました。これが実に奇抜なデザインや色遣いをしており非常におもしろいのです。しかし、すぐに立派なモダン建築に建て替えられていき、1、2年で姿を消しました。

読売新聞の「バラック見物 仮装の銀座と浅草」という連載で、彫刻家の斎藤素巖と日名子実三が銀座通りを一巡してバラック建築の批評を書いており、十字屋楽器店、千疋屋、資生堂、ライオン、カフェーキリンといった建物が登場します。

東京は関東大震災の後、7年ほどで復興を遂げますが、その間に書かれた小説と読売新聞の「バラック見物」を照らしあわせることにより、そうした風景を知らないまま読んでいた小説が立体的に見えてきたり、作者の隠された意図が垣間見えたりします。

1986年からの記事が読める「平成」は、テレビでのコメントや新聞、雑誌の寄稿記事の執筆に活用しています。「この人は今こういうことを言っているが、歴代の都知事はどのように政治資金を使ってきたのだろうか」といった具合です。選挙のときにはどういう公約をしたかなど、間近な出来事もすぐに確認することができますね。新聞は明確なファクトを引き出すのに、非常に重要なツールだと言えます。

世の中の人にもっと「ヨミダスは面白い」ということを知ってもらい、その価値をもっと認識してもらいたいと思います。そして、検索のためのキーワードをさらに充実させ、より使いやすいデータベースに育てていってほしいと願っています。

(2016年7月8日)

Profile プロフィル

ロバート キャンベル
国文学研究資料館長

ニューヨーク市生まれ。国文学研究資料館長。専門は近世・近代日本文学。主な編著に「ロバート キャンベルの小説家神髄-現代作家6人との対話-」(NHK出版)、海外見聞集(岩波書店)、「Jブンガク-英語で出会い、日本語を味わう名作50-」(東京大学出版会)などがある。

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