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戦う選手の代弁者に

「批評ではなく、前向きな解説をするよう心がけています」と話す八戸美知男さん=三上津与美撮影

 打球はボテボテの内野ゴロ。誰もがアウトを確信した時、内野手が処理にもたつき、打者が一塁を駆け抜けた。セーフ。塁審の両手が水平に大きく広がった。

 「大舞台で緊張したのかもしれません。気持ちを切り替えてほしいですね」

 エラー、失策、ミス――。夏の高校野球県大会でテレビ解説者を務める八戸美知男さん(59)は、放送の中でこうした言葉を極力使わない。「一番悔しい思いをしているのは選手自身。解説者がそれに追い打ちをかける必要はありません」

 元高校球児として、常に選手の気持ちに寄り添っている。

 解説者になったのは1995年。解説者を探していたテレビ局に、社会人野球時代の監督が八戸さんを推薦したのがきっかけだった。人前で話すのは苦手な性格。迷ったが、高校野球の感動を一人でも多くの人に伝えられるならと、話を受けた。

 苦しい練習を乗り越えて仲間と分かち合った勝利の喜び。太刀打ちできず試合に敗れ、うちひしがれたナインの敗北感。「勝ち負けに関係なく、仲間と共有した一体感。あの感動は忘れられない思い出です」

 自らのつらい記憶も解説に生きる。

 青森市立第一高(現・県立青森北高)3年だった67年7月21日。1番・遊撃手として最後の夏に挑んだ時のことだ。

 青森市営球場で行われた準々決勝の浪岡戦。八戸さんは先制点となる左前適時打を放ったが、二塁を狙って憤死した。試合は結局、2―4で逆転負け。「あれで流れが相手に傾いてしまった」。今でも悔やむ走塁だが、チームメートは誰も責めなかった。

 「あのプレーが判断ミスだったことは、自分自身が一番わかっています」。解説中に選手がミスをしても、この苦い経験と重なる。自分を責める気持ちに仲間の気遣い。あの時感じた一体感こそ、八戸さんの解説の原点なのだ。

 解説者になった時から一つのことを自分に課している。選手を直接見た上で解説する、ということだ。テレビ解説は準決勝からだが、勝ち残りそうなチームの試合には早い段階からできるだけ足を運ぶ。

 「紙の資料だけで解説しても、生身の選手の思いは代弁できないですから」

 今年も、バックネット裏から感動を伝える。(野口晴人)

2009年7月1日  読売新聞)
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