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ぬくもり残る66号室「旅の宿」吉田拓郎南八甲田・蔦温泉。戦後、ブナの伐採が急速に進んだ十和田山中にあって、最も原生に近い自然が残る。アコースティックギターの優しい調べに乗った吉田拓郎さんの「旅の宿」は、そんなブナ原生林の懐に抱かれるようにたたずむ、この地の一軒宿で生まれた。 1969年晩秋、作詞家・岡本おさみさんは新婚旅行で妻と蔦温泉旅館にいた。80段を超す階段を上りきった別館2階の66号室。当時すべての部屋に備えつけられていた火鉢の鉄鍋に、とっくりがつかっていた。 ?浴衣のきみは 尾花の簪(かんざし) 熱燗徳利(あつかんとっくり)の首 つまんで もういっぱいいかがなんて みょうに色っぽいね それから2年半あまり。岡本さんがつづった詩に吉田さんが曲をつけた叙情派フォークは大ヒットした。だが、宿の従業員は歌を口ずさむことはあっても、舞台が蔦温泉とはだれも気づかなかった。 「80年代半ばにお客様から聞き、従業員は仰天したそうです。歌詞に蔦の言葉がなかったからでしょうが、今となっては笑い話です」。蔦温泉旅館専務の小笠原高志さん(42)は苦笑いする。 66号室はいま、安全のために火鉢が撤去され、37年ぶりに再訪した岡本さんの残した色紙が掛かる以外、当時のままだ。歌が世に出て40年近く。それでも、1年に十数組は「旅の宿の部屋を」とリクエストしてくる。 携帯電話もほとんど通じず、窓を開けると見渡すかぎりの大自然。残雪を踏みしめて山に分け入ると、宿の裏手、蔦沼の上空を、2羽のオシドリが寄り添うように舞っていた。 (文・吉田健一、写真・三上津与美)
1970年代のフォークソングを代表する一曲で、現在も多くの人に歌い継がれる。72年初夏にシングルが発売されるや、ヒットチャートの1位に上り詰め、売り上げも60万枚を記録した。岡本さんは舞台となった蔦温泉を2006年に再訪した際のイメージをもとに、「歩道橋の上で」を作詞し、吉田さんに提供した。 (2010年5月3日 読売新聞)
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