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【3】 落語家 三遊亭神楽(35)(青森市出身)

喜ぶ顔見たくて入門

写真:写真説明

 「与太郎」が骨董(こっとう)屋で店番をしていると、近所の人が「家にネズミが出たので猫を貸してほしい」とやってくる。与太郎がむげに断ると、それを聞いていた主人が、「『猫に盛りがついたので、物置に閉じこめてあります』と言えば角が立たないだろう」としかる。次に主人に品物の目利きを頼みにきた人に、与太郎は「主人は盛りがついたので物置に閉じこめてあります」とやってしまう――。昨年12月に青森市で開いた「落語らいぶ」は、得意とする与太郎のオウム返しのはなし「錦明竹(きんめいちく)」で幕を開けた。

 大学では少林寺拳法部とクイズ研究会に所属。加えて、学内の体育会を管理する事務局にも籍を置き、多忙な学生生活を過ごした。その後、大手コンピューター会社に就職。証券会社のホストコンピューターに残っている売買データを処理する仕事を任された。勤務は、証券取引所が閉まる午後3時から翌朝まで。一晩中、コンピューターを相手に黙々と作業が続いたが、故郷を出て東京での生活は順風満帆だった。

         ◇

 「喜ぶ人の顔が見たかったんです。この仕事では人とふれあえる機会がなかった」。入社して2年が過ぎた春、次の仕事のあてもない中、辞表を出した。パチンコで生計を立てようとしたがうまくいくはずもなく、実家に戻った。

 ところが人生の転機は、突然やってきた。兄の大学時代の友人の女性が、ねぶた祭を見に来たときのことだ。日曜日の夕方、実家で落語番組の「笑点」を見ていた。すると、女性が司会の三遊亭円楽の一言一言に“ダメ出し”をし始めた。たまりかねて、「何で文句ばかり言ってるの」と尋ねると、思いがけない答えが返ってきた。「だって、私のお父さんだもん」。

 その場で、「仕事がないんだったら、落語家になれば?」と誘われた。「人の喜ぶ顔が見える。面白そうだ」――。

         ◇

 円楽に「入門させてください」と申し出ると、「履歴書を持って、笑点の収録に来なさい」と言われた。東京・後楽園ホールでの収録終了後、車に同乗して“採用試験”が始まった。円楽は履歴書を見ながら「神楽(じんらく)かな(本名・神博充)」とつぶやき、新宿までの20分間で面接は終了した。「何が決め手で弟子入りできたのか今でもわからない」と笑う。

 前座時代の給料は、寄席で掃除をしたり、お茶を入れたりして得られる最低保証賃金の1日1000円。あとは、師匠に小遣いをもらう程度だ。「アルバイトをしている人もいます。でも、落語家は『プロ』。アルバイトは恥ずかしいことだし、芸への集中力が落ちる」。社会人時代の蓄えを切り崩しながらけい古に励み、3年弱で二ツ目に昇進した。

 師匠からは「なまりは直しなさい」ときつく言われているが、青森での公演では「津軽弁落語」を披露している。「芸の幅を広めようと思って。もちろん師匠には内証ですけど……」。故郷に真打として凱旋(がいせん)する日を夢見て、きょうも寄席の舞台に立つ。(下山博之)(敬称略)

 

 〈真打〉

 師匠に弟子入りして、「前座」になる。期間は師事する師匠にもよるが、おおむね3〜5年程度。それが終わると「二ツ目」に上がり、紋付きを着ることが許されるようになる。落語家として認められる反面、自分で仕事を取ってこなければならない厳しさもある。そこで10年ほど修業を重ねた後、一人前の落語家とされる「真打」に昇進する。

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