千葉県連載企画


波紋狂牛病
(2)酪農家 取材受け騒ぎ知る(2001/9/23)

関係機関への問い合わせに追われる白井市産業課の職員ら(今月10日夜)

「どうして」白井市も混乱
 「狂牛病と診断する」――。英国からの報告を受けた農水省の二十二日未明の発表。感染牛を飼っていた白井市内の酪農家の自宅や牛舎周辺には、朝から多くの報道陣が詰めかけた。だが、自宅の門扉は固く閉ざされたまま。約一キロ離れた牛舎の牛にえさを与えるため、午後になって姿を見せた酪農家は、報道陣に囲まれると、今月十日の“疑い”浮上から口にしてきた言葉を繰り返した。「何も言うことはない」。今月十日。酪農家の平穏だった毎日は、その日から激変した。

 「これでは日本の畜産をつぶしてしまう」――。十日夜、酪農家は、作業の手を止めて声を張り上げた。報道陣の質問に、「何も知らない、わからない」と答えるのが精一杯だった。

 一夜明けた翌十一日朝には「あの牛がどうなったか知らない。取材を受けて騒ぎを初めて知った」と、言葉少なに語った。

 異変に気づいたのは、先月初旬だった。乳牛の一頭が急にふらつき、うまく立てなくなった。だが、酪農家にとって、驚くことではなかった。「死にそうな牛がふらついた状態になるのは、どの牛も同じこと」だったからだ。畜産歴約三十年のベテラン。まるで我が子を扱うように牛を世話してきた。「牛は本当にかわいいんだ」とつぶやいた。

 白井市内の別の農家には、今月十二日朝、県酪農農業協同組合連合会から「ある牛乳メーカーが『白井の牛乳は扱えない』と連絡してきた」と電話があった。“疑い”浮上の反応は素早かった。「すべての酪農家が困っている。売り上げが落ちれば、牛の値段だって落ちてしまう」と、農家の人は言葉を詰まらせた。

 「何も連絡が入っていないので、わかりません」「事実関係を確認中です」。閉庁直後の十日夕、白井市役所産業課は、記者からの問い合わせで“疑い”のニュースを知った。受話器を持つ手が震えた。電話のベルはひっきりなしに鳴り続けた。ある職員は「国や県からは何も連絡してこない」と不満を漏らした。

 「発見されたという一報に『何を言っているのか』と信じられなかった。小さな市がマスコミに白井、白井と取り上げられた」。白井市の中村教彰市長は十八日、白井市文化センターで開かれた「千葉なの花県民会議」で、市の困惑ぶりを訴えた。市内の酪農家はわずか三軒で、飼育頭数も百頭ほど。それだけに地元酪農家や市職員たちは、「よりによってどうして白井市なのか」と口をそろえる。

 周囲に困惑が広がり続けて十三日目、ついに“疑い”は“断定”になった。

 感染牛を飼育していた酪農家は「だれが被害者でだれが加害者かという問題じゃない。自分には、被害者意識はない」と強い口調で話した。しかし、手塩にかけて育てた飼育中の四十六頭は、焼却処分が決まっている。「関係のない、自分が育てた牛が処分されるのはつらい」。そう言い残して作業着に着替えると、処分が決まっている牛にえさを与え続けた。酪農をやめるつもりはないという。



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