千葉県連載企画


波紋狂牛病
(4)苦悩の食肉処理場(2001/9/28)

食肉処理場に運ばれた牛。いくつもの処理を経て食卓へたどり着く

「残さ」引き取り先なく
 「操業をストップするしかない」――。後に狂牛病(牛海綿状脳症)と断定された白井市の乳牛を先月六日に解体した県内の食肉処理場に今月十七日夜、食肉卸業者ら関係者約二十人が集まった。問題の乳牛が狂牛病に感染した疑いが強いと発表された十日以降、この食肉処理場では、牛を解体処理した後に残る骨やくず肉など「残さ」の引き取り先がなくなったためだ。それまで残さを引き取っていた茨城県内の飼料原料製造工場は十一日に閉鎖。残さを処分できる見通しが立たない限り、食肉処理は続けられなかった。

 残さは三十年ほど前まで、焼却処分や埋め立て処分もされていたが、「資源の有効利用」(県衛生指導課)を目的に、飼料原料製造工場に運ばれ、豚や鶏用の飼料の原料となる肉骨粉などに加工されていた。だが、県は二十二日に狂牛病対策として、豚、鶏へも肉骨粉を使用しないよう指導することを決め、残さは「資源」から「ゴミ」へと転落した。

 牛の解体処理は、解体作業を行う処理士のほか、内臓を扱う業者、皮を扱う業者、小売りへ卸す業者など多くの人々がかかわり、重要な雇用の場にもなっている。

 重苦しい雰囲気の中、食肉卸業者の一人が「一日でもストップしたら、我が社はつぶれてしまう」と訴えた。操業停止もやむを得ないと考えていた食肉処理場の所長は、「業者あっての処理場。何があっても操業は停止しない」と宣言した。

 畜産家から食肉処理場に運び込まれた牛が食卓に上るまでには、いくつもの処理を経なければならない。ひとつの段階が滞ると、流れ全体がよどむ。狂牛病の疑いが発表されてから、残さの引き取り手が見つかるまでの数日間、食肉処理場にとどまった残さは腐敗し、悪臭を放った。県内の食肉処理場はそれぞれ、たい肥として肥料用に加工するなどの処理方法をどうにか維持し、流れを止めないための努力を続けている。

 一方、その間にも、牛肉の値段は下落し、「通常の半値以下だ」との悲鳴も聞こえる。小売りの段階でも、生活協同組合ちばコープでは、牛肉の注文が激減しており、「心理的なものだと思うので、きちんとした対策が取られない限り、不安は払しょくされないだろう」と話す。学校給食でも、牛肉使用の自粛が相次いでいる。

 “買わない”ことを選択する消費者の心理について、県消費者団体連絡協議会の村上利子会長は「食は安全でなければ食べ物とは言えない。怖いものをあえて我慢して食べる人はいない」と強調する。さらに、「狂牛病の牛の遺体を焼却したと説明していたのに、実際は焼却していなかった。一度間違いがあると信頼できなくなる。正確な情報公開が大切だ」と指摘する。

 狂牛病の乳牛を解体した食肉処理場に二十一日夜、再び関係者が集まった。所長は「二度と病畜は扱わない。健康な獣畜だけを扱い、安全な肉をつくろう」と訴えた。食肉業者ら関係者全員が所長の決断に賛成した。



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