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資金集め続く苦闘<4>安定経営に知恵絞る多くの企業や官公庁が仕事納めを終えた翌日の2007年12月29日。福井ミラクルエレファンツの運営会社「スポーツコミュニティ福井」の創立総会が福井市大手の繊協ビルで開かれた。県民球団設立準備室代表から同社社長に選任された清水昌勝は、集まった株主らを前に感慨深げにあいさつした。「やっと球団が産声を上げた。そんな実感とともに、情熱と責任感を感じています」。清水の脳裏をこの4か月の悪戦苦闘の日々がよぎっていた。 「福井にもプロ野球球団を」。北信越ベースボール・チャレンジリーグ(現・BCリーグ)から、県内の企業経営者らにリーグ参加の呼びかけがあったのは、07年春。福井青年会議所(JC)のOBを中心に球団設立の機運が高まっていった。同リーグ代表の村山哲二を招いて説明会を開き、球団の設立と運営のノウハウを学ぶなど、準備が進んだ。 いよいよ球団設立準備室を立ち上げる時、中心人物の一人、元福井JC理事長の小林範雄の頭に浮かんだのは、県立高志高野球部の同級生で、30年以上の親交がある清水だった。「頑固で愚直な男だが、そこから生まれる信頼が、相手を引き付ける。任せるなら、あいつしかいない」。9月初旬、小林は清水に同準備室代表の就任を要請した。 清水はそれまで県民球団に関する動きにほとんど加わっていなかったが、「小林に頼まれたら、断れない。彼らのやってきたことも無駄にできない」と心を決めた。それに、確信もあった。「日本プロ野球組織(NPB)でも、楽天や北海道日本ハムなどのように、本拠地を地方に移して成功を収める流れが起きている。福井もその時流に乗れれば、地域振興に結び付くはず」 同準備室は10月10日に設立。その後は、自らが経営するコンクリート製品製造販売会社は部下に任せ、チーム名公募や監督の人選などで奔走してきた。「もう半年から1年近く、会社を不在にしている気がするよ」と苦笑いを浮かべる。 だが、運営会社を取り巻く状況は決して楽観できない。最も苦労しているのは、出資金集めだ。 清水は代表就任後、地元企業を中心に足しげく通い、個人1口10万円、法人1口20万円の出資を募った。だが、思うような結果はなかなか得られなかった。 「なぜ今、福井で野球チームが必要なのか」「野球ビジネスが本当に福井で成り立つのか」――。地元経済界をはじめ各方面から聞こえてくるのは、そんな懐疑的な声ばかりだった。それでも、昔から親交のある経営者は、清水の顔を見ただけで「いくら応援させてもらえればいいの?」と笑いかけてくれた。自分への信頼がうれしかった。 現状では、出資金は目標額の8000万円を大きく下回っている。今月中に行う運営会社の法人登記時には3140万円と、目標の半分以下となる見込み。来月以降、約5000万円まで増資を行うとともに、新たな株主を募る方針だ。 BCリーグは今季から福井、群馬が加わって6球団制になるが、福井県の人口は07年11月現在で81万6000人と、6県の中で最も少ない。他県はいずれも240万〜110万人の人口を有するだけに、人口80万人の県で成立する野球ビジネスの形を独自に模索する必要がある。 安定経営のためには、多くの観客に球場へ足を運んでもらわなくてはならない。どうすれば県民を引き付けられるか。観戦料と球場までの交通費を合わせたチケットの販売、試合のイニング間に開くイベントなど知恵を絞っている。 他にも後援会組織や練習場の整備といった課題が山積する。だが、清水の表情は明るい。「様々な人の思いが積み重なってできた球団。1年後、協力して良かったと思ってもらえるような、本当に価値のある球団にしていかなくては」。自らにとっても挑戦の年となる08年。決意を新たに走り出す。(文中敬称略) (2008年1月5日 読売新聞)
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