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応援で地域一つに<6>活性化へ仕掛け必要収容人員約1600人の小さなスタンドが赤一色で染め抜かれた。2007年7月14日、長野県中野市の市営球場で開かれた信濃グランセローズ対新潟アルビレックスBCの公式戦。グランセローズのチームカラーである赤色のタオルやうちわを手にしたファンが、好プレーのたびに拍手と歓声を送った。 「BCリーグが目指すべき地域密着の形」と同リーグ代表の村山哲二が強調するのが、グランセローズと、公式練習場のある拠点、中野市だ。 同市は長野市から北東約20キロに位置し、人口は約4万7000人。主要産業は農業で、全国シェア(市場占有率)約30%のエノキタケを代表格とするキノコ類、果物の栽培が柱だ。 多くの地方都市と同様に、郊外を通る国道沿いに大型ショッピングセンターが乱立する一方、中心市街地は空洞化が進み、商店街などから客足が遠のいた。1998年開催の長野冬季五輪後、同県内の経済が冷え込むと、その傾向に拍車がかかった。 中野商工会議所によると、中心市街地における歩行者の通行量(平日)は、調査を開始した81年10月の1万5178人に対し、07年9月は3266人と、5分の1近くまで落ち込んだ。 こうした苦境に舞い込んできたのが、グランセローズ誕生の一報。開幕を控えた07年1月、中野市は練習場などが置かれる球団拠点の公募に手を挙げた。同市長の青木一は「レベルの高いスポーツを通し、地域の一体感が生まれることを狙った」と振り返る。 地元住民らも、野球を通じた地域活性化を積極的に仕掛けた。中心になったのは、同市後援会事務局長の東英司(47)。市中心部で長年、新聞販売店を営みながら、東は街の変容を目の当たりにしてきた。「昔はあったはずのコミュニティー意識が崩れ、市民の会話も後ろ向きの話題ばかり」と危機感を募らせていた。 中野市営球場での公式戦当日。東らは市街地で開かれた伝統行事の祭りに合わせ、試合の生中継を見ながら声援を送るパブリックビューイングを企画した。寄付を募って商店街の広場に縦2メートル、横4メートルの大画面を設置。市内外から約300人が駆け付けて応援を繰り広げた。試合後には監督や選手が会場を訪れ、イベントを盛り上げた。 現在は街ぐるみで球団を応援する雰囲気が醸成されてきたという。市後援会には市の人口の約1%に相当する約400人が入会しており、県内の他地域にある後援会組織と比べても格段に高い組織率を誇る。 日本プロ野球組織(NPB)を目指し、月給約15万円で遅い時間まで練習に励む選手らのストイックな姿も共感を呼んでいる。格安で食事を提供し、選手らを支えている飲食店もある。 日曜日のホーム試合は必ず応援に向かうという精肉業の掛川一乃(41)は「街なかで選手に会うこともあるので、親近感が出てきた。まるで近所のお兄ちゃんたちが野球の試合に出る感じ」と笑顔を見せた。 「昨日の試合は惜しかったね」「やっぱり投手が頑張らないと…」といった野球談議も街角や居酒屋などで交わされるようになった。東は「グランセローズは老若男女を引き付け、市民の共通体験として根付きつつある。失われつつあったコミュニティーを再生させるきっかけにできるはず。もっとこの輪を広げていきたい」と力を込めた。 福井ミラクルエレファンツ監督の藤田平が「地域貢献こそが使命」と、07年12月の記者会見で力強く決意表明したように、福井県内でも県民球団を根付かせるための試行錯誤が今年、始まる。(文中敬称略) (2008年1月10日 読売新聞)
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