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「地元の人に恩返しを」 トライアスロン・西内洋行選手 32(西京味噌、南相馬市出身)県内大会に積極的参加昨年10月、ハワイで、ロング(水泳3・8キロ、自転車180キロ、ラン42・195キロ)を競うアイアンマンレースに出場した6日後、東京・お台場で行われたショート(1・5キロ、40キロ、10キロ)の日本選手権に臨んだ。 水泳の序盤こそ好調な滑り出しだった。だが、疲労が抜けておらず、徐々に先頭集団から遅れを取った。それでも「今の自分なら、まだいけるはず」と、時折足がつるのをこらえ、自転車では第2集団に食らいつく。最後のランでは、2人を抜いて9位に入った。 「まだ80%の状態だが、続けて二つのレースをこなすことができた」。充実感がこみ上げた。 ◎ 五輪初出場だった2000年のシドニーは46位、雪辱を期した04年のアテネでは32位に終わった。「もっとやれるはず」。アテネのゴールラインを越えた時には、北京を目指すことを決意した。 アテネで痛感したのは、自転車の力量不足とスタミナへの不安。大学まで打ち込んできた水泳、中学の陸上部で鍛えたランと比べ、経験の少ない自転車では苦戦し、レース終盤で息切れすることも多かった。課題克服のため選んだ道は、五輪と同じショートだけでなく、距離の長いロングにも挑むことだった。 昨年は、14レースの中に、ロング専門の選手と同じように三つのロングレースを組み込んだ。周囲からは「ショートに集中した方がいい」「選手生命を短くする」などと言われたが、「忘れかけていたチャレンジ精神を取り戻したかった」。レースをこなすうちに成績が徐々に安定し、前年には逃した世界選手権の切符も手に入れた。 ◎ 昨年11月早朝。南相馬市中心部にある夜の森公園の階段を一気に駆け上ると、白い息を弾ませながら気持ちよさそうに汗をぬぐった。04年末、兵庫県の実業団チームをやめ、生活拠点を宮城県多賀城市に移した。実家のある南相馬市にも頻繁に訪れ、相馬野馬追が行われる雲雀ヶ原祭場地の外周など、子どものころから走っているコースで体を動かす。 「シドニーにもアテネにも応援に駆けつけくれた地元の人たちに、何か恩返しがしたい」と、県内で行われる大会には積極的に参加する。昨年9月には、「初心者からベテランまで気軽に楽しめる大会にしよう」と、会津若松市の会津大学で行われたミニトライアスロン大会を企画し、出場もした。「また五輪に出場すれば、地元の人たちに喜んでもらえる」 ◎ 北京五輪代表は、4月以降の複数の選考対象レースと近年の実績を加味して日本トライアスロン連合の理事会が6月に決定する。出場枠は2、3とみられるが、「現状では4番手」。伸び盛りの若手も多い。それでも気負いはない。「作戦面や効率的な体の動かし方など経験を生かして勝負する」 現在、トライアスロン選手で一昨年に結婚した妻、真紀さん(32)とともに、3月末のオーストラリアワールドカップに向け、現地で調整に励んでいる。「上位を狙いつつ、硬くならない。そんな自由な気持ちでレースに臨みたい」(西口大地) (2008年2月2日 読売新聞)
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