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冤罪の元被告「時間取り返せない」

松川事件の俳句を書きためたノートを読み直す鈴木さん(福島市内の自宅で)

 福島市の旧国鉄東北線松川駅近くで1949年、列車が脱線転覆して3人が死亡した「松川事件」。国鉄の労組幹部ら20人が逮捕され、全員が無罪となった。2度の死刑判決を受けた元被告、鈴木信さん(89)の福島市内の自宅には、B5判の青い大学ノートがある。ノートを開くと、そこには筆で書かれた俳句が並ぶ。

 〈「すぐ帰る」すぐが十年四季移り〉

 〈涼風や空気がうまい解放の味〉

 逮捕から約10年後に出獄したときの心境を詠んだものだ。「長い文章よりも、短い言葉の方がかえって伝わるような気がするんです」。事件を風化させまいと、鈴木さんは5年前から当時の思いを表現した俳句をぽつりぽつりと詠み始めた。ノートに書きためた句は100を超え、年内に句集として1冊の本にする予定だ。

     ◇

 国鉄労組福島支部福島分会委員長だった鈴木さんが列車転覆を企てたとして逮捕されたのは、事故から約1か月後の早朝。自宅で目を覚ますと、数人の刑事に囲まれ、逮捕状を見せられた。窓の外はまだ暗かった。「すぐに帰れるだろう」と思い、シャツ1枚の手ぶら姿で警察に向かった。

 取り調べでは、事故前の行動ばかり聞かれた。詳しい容疑事実は示されないままで、「自分がなぜ、何を疑われているのかも分からなかった」。公判が始まり、ようやく事件の概要が理解できたが、1審で死刑判決を下されても現実感はなかった。

 2審でも死刑判決となったが、犯行の共同謀議が行われていたとされる時間に、被告の一人が労使交渉に出席していた事実を示す証拠が見つかった。有罪の根拠は崩れ、61年8月の差し戻し審で無罪が言い渡された。「うれしかったのは確か。でも、長かった。過ぎ去った時間は取り返せない」。鈴木さんは、思いを絞り出すように、そう言った。

     ◇

 死刑判決後に仙台市の拘置所で過ごしたときのことが忘れられず、詠んだ句がある。

 〈靴音に耳を集めて知る処刑〉

 拘置所では午前9時頃、職員の中でも上官が死刑執行を告げに来る。普段の職員とは足音が違うため、死刑確定者全員がその音に耳をこらす。所内全体が静まり返り、張りつめた空気が支配する。「毎日毎日生きるか死ぬか、全員がその瞬間を迎えなくてはいけない。冤罪(えんざい)でこんな思いをするのはやりきれない」と話す。

     ◇

 裁判員裁判は刑の上限が死刑または無期懲役の事件が対象となる。最高裁が昨年行ったアンケート調査では、県内の回答者のうち56%が裁判員として参加する際の心配事として「判決で被告人の運命が決まるため責任を重く感じる」と答え、多くの人が判決の重大さを負担に感じていることが分かった。しかし、制度はすでにスタートしている。裁判員が死刑や冤罪といった問題と向き合わざるをえない場面も出てくる。鈴木さんは自身の経験を踏まえ、裁判員にメッセージを送る。

 「公判の中で疑問があれば、徹底的に質問して追及してほしい」。真実を明らかにするには、ほかに手立てはないと考えるからだ。

(この連載は船越翔、池田晋一、大原圭二が担当しました)

2009年9月23日  読売新聞)
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