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<3>新鶴ワイン ブランド化

「晩腐病」防止に工夫

ブドウの枝の様子を見る斎藤幸蔵さん。「いいブドウを育てるためには、愛情が何よりも大切なんです」(2010年12月21日、会津美里町で)

 桃やリンゴなど果物王国の本県だが、ワインの原料として世界に通用するブドウも作られている。旧新鶴村(現・会津美里町)の米田地区で生産されている高級品種「シャルドネ」。このブドウで作られた白ワインは昨年5月、イギリス・ロンドンで開催された世界的なコンクール「インターナショナル・ワイン&スピリッツ・コンペティション(IWSC)」で銀賞を受賞した。ワインブドウ根岸生産組合長の斎藤勝男さん(66)は言う。「国産ワインといえば山梨、長野のイメージがあるが、うちにも30年以上培った工夫がある。高級ワインといえば新鶴と、いつか言わせたい」

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海外のコンクールでも入賞する新鶴シャルドネ

 米田地区のブドウ栽培は、斎藤さんの父が1975年、ワイン大手「メルシャン」の山梨県のワイナリーに出荷し始めて広がり、数種類の品種が作られていた。そこにワインブームが到来。高級ワイン製造を目指した同社から94年、地区一帯でのシャルドネ栽培一本化を打診された。当時日本では、生食とワイン用の両方で使用できるブドウの栽培が主流。失敗しても補償はない。賭けだったが、農家は受け入れ、手探りでの挑戦が始まった。

 一房ごとの最適な葉の枚数や棚への枝のはわせ方など、様々な違いの中で、最大の障害が、秋の長雨で腐る病気「晩腐病」だった。繊細なシャルドネは特にかかりやすい。斎藤幸蔵さん(77)も長年これに苦しんだ一人だ。

 最初は全くうまく行かず、次の年は雨を避けて実が熟す前の9月に収穫すると、甘さが足りなかった。春先から消毒を繰り返しても発症し、畑の半分がやられた。少量の米や野菜の生産で食いつなぐ日々が続き、次第に生産農家は減少。98年にはピーク時の34軒から11軒になった。

 他県の生産地を視察し、対策を考える中で、幸蔵さんが思いついたのが、かつてブドウ栽培が広がる前に地区一帯で使われていた朝鮮ニンジン用の雨よけだった。手作業で1本ずつアーチ状に曲げたパイプを組み立てて、35アールの畑が覆われるよう屋根を作り、防水シートをかぶせた。研究が進み、晩腐病だけが難点だったため、秋には美しい黄緑色のシャルドネができた。

 この手法を地区全体で取り入れた。元々、同地区は寒暖の差が大きいうえ、水はけも良く、ブドウ作りには最適な環境。高品質のシャルドネが数年続けて安定して生産できるようになり、2001年度に「新鶴シャルドネ」と名付けられて販売された。

 「南国のフルーツのような香りとバランスの良い酸味」(メルシャン広報グループ)が評判となり、初年度産から3年連続で国際大会で入賞。08年には、ANA(全日空)国際線ファーストクラスの機内でサービスされるワインに選ばれた。国内産が選ばれたのは10年ぶりとなる快挙だった。昨年のロンドンでも銀賞を受け、新鶴の名は世界に着実に広まってきている。

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 現在は、ブランド化促進のため、ブドウの収穫量に制限を設け、年間約5000本製造。量にはこだわらず、糖度と酸味のバランスの取れたさらにレベルの高いシャルドネの栽培に取り組む。幸蔵さんは「ほかの人が取り組んでいない難しい挑戦でも諦めないでやっていれば、世界と勝負できる。愛着を持って良いブドウを作ることだけを考えていればいいんだ」と言う。今はブドウの枝の剪定(せんてい)が始まる春を待ち遠しく思っている。

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技術とセットで

 福島大学地域ブランド戦略研究所 西川和明代表(経済経営学類教授)の提案

 「本県の農業のレベルは極めて高く、職人のような技術を持つ農家も多い。生産物だけで勝負するのではなく、栽培風景をホームページの映像や写真で公開するなど、技術の高さ自体をセットにして売り出すべきだ。一方で、販路の拡大のため、自治体や商工会議所、民間団体などから、農家と市場をつなぐコーディネーターを養成し、経営・販売を戦略的に練っていくことが必要だ」

2011年1月4日  読売新聞)
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