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24歳二女「桑栽培継ぐ」宮内庁にも納入、大規模農家大竹文明、明菜さん(富岡)
■ 病との闘い ■ 富岡市田篠の桑園に若い女性の明るい声が響く。大竹文明さん(56)と二女の明菜さん(24)が、収穫期が近づいた苗を見回りながら、軽口をたたきあっていた。 大竹家は全国でほとんど唯一、大規模に桑を栽培している農家だ。年間生産約3万本。4年前からは、皇后さまが養蚕に使われる桑を宮内庁に納めている。 「ほら、無理しちゃだめだよ」。明菜さんがせき込んだ父親の背中をなでた。 大竹さんは約5年間、悪性リンパ腫と戦い続けている。だが、悲壮感はまったくない。「薬を飲んでいるから、こうして顔がむくんじゃうんだ。本当はもっといい男だよな、明菜」。気遣う娘をそう言って笑わせた。 ◇ 農産物の輸入制限緩和など貿易自由化に向けた動きが加速した10年ほど前、大竹さんは養蚕をやめた。県蚕桑研究会連合会や県桑苗協会の会長として、永田町や霞が関に陳情。デモ行進などを繰り返したが、報われなかった。タマネギやコンニャク栽培に転換する一方で、養蚕農家のために赤字覚悟で桑の栽培は続けた。心身の疲労が極限に達したころ、悪性リンパ腫の診断が下った。 ■ 大役果たす ■ 昨年2月下旬、小康状態だった病状が悪化したため、医師からはすぐに入院するように指示された。しかし、宮内庁に約束の桑を納めるのはすでに3月7日と決まっていた。 「なんとかお願いします」。土下座しかねない大竹さんの態度に、医師もようやく折れた。 大竹さんは苗木200本をトラックの荷台に積んで、約2時間半かけて東京まで運んだ。帰路、ハンドルを握りながら、大役を果たした安堵(あんど)感で一杯だった。翌日、半年間に及ぶ入院生活が始まっても、納めた桑の1本1本がまぶたの裏に浮かんでは消えた。順調に生育してくれることばかりが気になり、自分の体のことは二の次だった。 ◇ 「お父さんを助けたいから、後継者になる」。昨年11月、明菜さんの言葉に妻の綾子さん(52)は驚いた。 明菜さんは高校卒業後、パティシエを目指してケーキ屋などに勤めていた。長女(26)は都内のテレビ番組制作会社に勤務し、年に1回、実家に戻れるかどうか。母親として、娘たちが桑の栽培農家を継がなくともやむを得ないとあきらめていたからだ。 この数年、桑を健康食品として商品化する取り組みが中国地方などで相次いだ。大竹さんが生産する3〜4割の桑がそうした分野に供給されるようになり、かつては想像も出来なかった販路が確立しつつある。 「放置された桑畑を再生するには、農業と企業の交流を促進する桑の経済特区のような大胆な発想が必要。若い世代に関心を持ってもらえば、養蚕文化だって継承されるはずだ」。大竹さんは言葉に力を込める。 【桑の活用】遊休桑園の桑は、農薬の影響を長い間受けていないことから、有機農産物でもある。豊富なミネラル分や毛細血管を強化するフラボノイド類が含まれ、茶や青汁として製品化されている。葉から分泌される乳液の成分には、血糖値を下げる効果があるとされ、医薬品としての活用も期待されている。
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