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[第1部 ふるさとへの思い]

(2)夢中で笑わせていた

マギー審司(まぎー・しんじ) さん お笑いマジシャン 33 (宮城県出身)

 1973年生まれ。気仙沼市出身。県立気仙沼高校卒。小学生の時、教頭先生の手品を見て興味を持つ。01年にテレビ番組などで一躍人気者に。06年8月に結婚。現在はマジックのほか、英語講座など様々なジャンルのテレビ番組にも出演している。

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「師匠に弟子入りする時は、ジュニアリーダーの先輩に相談に乗ってもらいました」。地元での体験が、マギー審司さんを支えている(東京都港区の事務所で)=撮影・松田賢一

 2006年12月15日、東京・池袋のビル内の広場で行われたマジックショー。赤いタキシード姿で登場すると、いきなりネタがばればれの芸から始める。が、それはお約束。子どもたちが言い当てて喜んでいる。「いちいち言わないでいいからね。どうせ隣の人も分かっているから」。会場がどっと沸く。

 大勢の人に喜んでもらう。その魅力を知ったのは少年時代です。

 小学5年の時、地元の市民団体「気仙沼少年の家協会」が開いた体験合宿に参加しました。高校生らのボランティア「ジュニアリーダー」10人ぐらいが、100人以上の子どもたちの面倒を見てくれました。ゲームを教えてくれたり、楽しい話で笑わせてくれたり。とにかくかっこよく見えた。

 当時の自分は、目立ちたい気持ちが強かったのに恥ずかしがり屋で、合宿での自己紹介もろくにできないほどでした。ですから、リーダーのようになりたいとあこがれましたね。

 研修を受けてジュニアリーダーになりました。気仙沼市には地区ごとにリーダーのサークルがありましたが、僕の住んでいる地区にはなかった。それで、高校時代に30人近く集めてサークルを作ったんです。

 近くの公民館を活動拠点に、子ども会のイベントの企画を練るなど、夢中でした。どうやったら子どもが喜ぶか。一方的に伝えようとしても通じません。微妙な間をとり、その場の空気や相手の気持ちを考えて。それって今の芸に通じるところがありますよね。

 高校卒業後、渡米し、父の友人が経営するロサンゼルスのすし店で1年4か月、働いた。「島国根性ではだめ。世界を見てきてほしい」という父の勧めだった。

 父の電器店を継ぐつもりだったのですが、「まあ行ってもいいかな」というぐらいの気持ちでした。英語がしゃべれなかったので、簡単な手品を見せるなどして客とコミュニケーションをとっていたのですが、たまたま本物のマジシャンの客が来て、その時、マジックに目覚めましたね。

 日本に帰って電器店を手伝うかたわら、マギー司郎師匠に「弟子にしてほしい」とはがきを出しました。話すのが好きなので、師匠の流儀が自分に合っていると思ったんです。そうしたら、「一度東京に来てみたら」と返事が来ました。

 1994年2月、テレビと布団だけを持って上京。下積み時代を経て、01年から出演したテレビのお笑い番組で人気に火がついた。

 僕のは、おしゃべりマジック。受けるには人間性が大事なんです。それは、さまざまな経験を積んでこそ磨かれる。地元のイベントや祭りには今も、できるだけ参加しています。気仙沼少年の家協会の合宿も時々訪れます。「初心に帰る」という思いがあるんです。

 仕事をしていると、ちょっと調子づいている自分に気づくことがあります。そういう時に古里に帰ると、子どもに認めてもらおうと必死に頑張っていたころに戻ったような気持ちになれますね。わざと眼鏡を掛けて変装し、マギー審司でなく、一人のおじさんとして仲良くできるかって試したこともありました。

 とにかく、子どもたちが好きなんです。ジュニアリーダーをやっていたころのワクワク感を思い出して、また仕事に戻っていくんです。(聞き手・東北総局 箱守裕樹)

年の違う子どもたち交流


気仙沼は今もジュニアリーダーの活動が盛ん。2006年の活動を振り返るリーダーたち(気仙沼市の新月公民館で)

 気仙沼少年の家協会は、県青少年育成推進指導員だった小野寺章二さん(67)(石巻市在住)が1979年に前身の団体を設立した。以来、集団生活を通じて子どもたちに社会性を身につけさせようと、活動を続けている。年2回、市内の子どもたちを集め、約50キロ離れた山間部にある国立花山青少年自然の家(栗原市)で合宿を行う。3泊4日で、川遊びなど自然を体験したり、工作をしたりしながら異年齢の子どもたちが交流する。

 マギー審司さんは84年、小学5年の時に初めて参加した。高校生の時に県教委の研修を受けて上級のジュニアリーダーになり、社会人になってからも合わせると計16回参加している。

 ジュニアリーダーの先輩で、マギー審司さんが最も信頼を寄せる村上明彦さん(38)は「ジュニアリーダーのころから人を笑わせることに真剣だった」と振り返る。

 合宿を主催してきた小野寺さんは「短パン姿の明るく元気な子」と感じていたといい、「合宿では、先輩、後輩の上下関係もしっかりしていた。それが今の芸能界でも役立っているのでは」と話す。

2007年1月13日  読売新聞)
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