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2000年有珠山噴火を予知し、先月、北大を定年退職した岡田弘さん(63)僕が地域の人々に勉強させてもらった「有珠は過去の噴火でも前兆がはっきり表れている、ウソをつかない山だ」 2000年3月27日深夜。噴火の前兆となる無感地震の増加を知らされ、確信した。胆振・壮瞥町の北海道大有珠火山観測所から、札幌管区気象台や道庁、町職員などに電話をかけ続けた。2時間後、気象庁は臨時火山情報を出す。 過去、前兆現象から30時間で噴火した例もある。時間との勝負だった。 3日後の噴火までに3市町の約1万人が避難した。近代的な観測網のデータに基づき、噴火前に住民避難が行われたのは初めて。翌年、官邸で当時の小泉首相から表彰を受けた。 助手時代まで、専門は火山学ではなく地震学だった。1977年の有珠山噴火前日、「地震活動が始まった」との情報を受け、「出張中の教授に代わり、手伝いのつもりで現地入りした」。翌日始まった噴火は1年以上も続き、そのまま火山研究の道へと進む。 81年、北大助教授では初の現地駐在に。まだ地震が続く地域に札幌から家族と移り住み、21年間、有珠山と暮らした。市町職員や温泉街の人々、ロープウエーの従業員らによく声をかけた。「当初は『よそ者が何をやってるんだ』といぶかしげな顔もされました」と笑う。それでも徐々に、地域にとけ込んだ。 翌年、壮瞥町教育委員会から、「市民講座に有珠山を学ぶコースを作るから」と協力を求められる。「防災意識を高めるには、噴火の記憶が新しい今がチャンス」。60人ほどの受講者に山を案内し、観測所にも招いた。83年には子供向けの講座も始まり、25年たつ今も同町で続いている。 昭和新山ができた43〜45年の噴火を知るお年寄りが当時を語ってくれたり、貴重な写真を提供してくれたり。人脈は芋づる式に広がり、住民も親しみを込め、「有珠山の主治医」と呼んだ。00年噴火の迅速な避難を実現した背景には、顔の見える信頼関係があった。「私が『地域を育てた』とか言われるが、全く逆。地域の人々に僕が勉強させてもらった」と控え目に語る。 「防災の理想形は、住民を行政と科学者、マスメディアが連携して支える『正四面体』」と説く。有珠ではうまくいったが、全国的には必ずしも連携が取れていない。 北大地震火山研究センターを退職後は公的機関には属さずに、「これまで蓄積したデータを整理して、次代の人たちが使えるよう加工したい」。科学者としての使命を果たし続けるつもりだ。 (瀬畠義孝) (2007年4月20日 読売新聞)
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