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鳴海 鼓大 システム・ケイ社長<中> (2006年1月11日)

順風の営業 “K点”挑む

写真:写真説明
コンピューターがひしめく、システム・ケイの開発室で(手前は鳴海社長)
 「これからはコンピューターだ」という情報を聞きつけた25歳の鳴海は、東京でコンピューター専門学校に入学した。同級生に出遅れた鳴海にとって、専門学校入学は、まさに「背水の陣」だった。独立起業を目標に、幅広い知識を学ぶため、1日1冊の読書を自分に課し、古書店を巡った。

 卒業後、専門学校を経営するソフトウエア会社で4年働き、1991年に起業した。32歳、社員は自分一人。だが、当時コンピューターは、大型のものから、小型のパソコンへの移行期を迎えており、大きなチャンスを感じた。

 前職での関係から、まずは官公庁の受注を手がけた。当時、霞が関で入札をする企業は大手がほとんど。小さな会社が参加するのは珍しがられたが、「そのような企業が単になかっただけ」とこともなげに話す。「熱心さや技術を見てくれる人はいる。できないと決めつけず、ぶつかっていけば、道は開ける」とも。

 「下請けはしない」

 鳴海が当初から貫く方針に、「下請けをしない」ことがある。霞が関通いもその表れだ。「元請けとして、責任ある仕事をしたいから。そして、元請けであればパートナーと対等に仕事ができる。蓄積した技術も自分のために使えるから」と理由を話す。

 自分を追い込み、常に限界に挑戦する姿勢は、社名にも表れている。「SystemK」の「K」は、スキージャンプのK点から取った。「北海道らしい名前でしょ」と屈託なく笑う。

 業績は順調に伸びた。インターネットの広がりと可能性を感じ、ネット関連のシステム開発にも乗り出した。紙に印刷された文書を読み取ってホームページで再現できるシステムや、テレビなどから今流れている音楽を携帯電話で伝えると、音を分析して曲名を割り出しメールで伝えるサービス、インターネットを使ったテレビ会議システムなどが代表例だ。ソフトウエアの開発にとどまらず、回路を組んで実際の機器を作り、営業までこなすなど、通常のソフトウエア会社の枠を超えたフットワークを見せる。

 創業以来連続の黒字

 青年時代に渡航した中国に、念願だった研究開発の支店を1999年、開設した。資金提供を続け、共同研究をしたパートナーは、現在では大企業に育った。「中国の人たちは、信頼関係を重んじる。契約書がなくても、心が通じ合えば仕事をしてくれる。昔の日本と同じ」と話す。

 積極的な姿勢と創業以来連続の黒字という実績が評価され、システム・ケイは2002年度創業・ベンチャー国民フォーラム会長表彰(経済産業省など主催)を受けた。

 そんな鳴海を同社の関連会社「アイ・ティ・プロジェクト」(札幌)社長の佐々木憲光(36)は「親分肌で、頭が切れ、いつも直球勝負。本当に困った時に助けてくれる友人であり、彼のピンチには自分も助けたい」と、実力、人間性ともに全幅の信頼を置く。

 さらに上を目指そうと、2年前、鳴海はインターネット・カメラ・システムで勝負をかけた。

(敬称略、吉田典之)

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