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静内町「岡田牧場」 岡田 富江さん<6> (2005年6月11日)馬と畑の日々・・・曇らす戦争の影
二男の夫を、本家の義父はサラリーマンにしようと考え、函館の中学を出させていました。でも義母の話では、馬が好きで「馬をやりたい、やりたい」と頼み続けていたようです。 本家から分けてもらったのは、3・5ヘクタールほどの土地と、馬が2頭。1頭はアラブで、もう1頭はサラブレッドの繁殖用の牝(ひん)馬。血統はよかったけれど、脚の不自由な馬でした。義父に家と厩舎(きゅうしゃ)を建ててもらい、以前は人に貸していた水田の畔(あぜ)を崩し、少しずつ牧草地にしていきました。 でも、それだけでは食べていけません。夫は、馬のこと以外は経験がなく、のこの目立てもできなかったけれど、家の周囲の雑木を毎日切って、まきを作った。山からも木を切り出して、牧柵にしました。 私は山の畑で、エン麦や大豆、自家用の野菜を作りました。夫は神森で離農する農家に行き、草削りや鍬(くわ)などの農具を2、3丁買ってきてくれましたが、畑仕事も知らない人でしたから、畑にはもっぱら私が通いました。暗いうちから、暗くなるまで、働きづめの日々でした。 やがて長女が生まれましたが、赤ちゃんのときは、私が日中、働かなくてはならないので、本家に預けて晩に迎えに行きました。義父は厳しい人でしたが、私には優しくて、たまに自転車で街にでかけ、買ってきたお肉を「富江、少し持っていけ」と、持たせてくれたこともありました。 子供は娘3人、息子1人に恵まれましたが、そのうち3人は早産でした。今思えば、畑や厩舎で、妊娠しても、力仕事をしなければならなかったからでしょうか。 畑にはアラブの馬に乗って行きました。長女が少し大きくなったころ、一緒に連れて行き、夕方、帰りの坂道で馬が止まらなくなった。幸い、大けがはしなかったけれど、2人とも振り落とされて、真っ逆さまに牧柵に突っ込み、死ぬかと思いました。 当初は電気もなかったが、ともしたランプの光のように、暮らしには、ぬくもりもあった。その灯火に影を落としたのは、やはり戦争だった。
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