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ホッカイドウ競馬騎手 五十嵐冬樹の場面 <2R> (2006年4月12日)生来の負けず嫌い
門別競馬場に五十嵐冬樹(30)を訪ねたのは、3月の中旬だった。道営ガイドにある「身長155センチ、体重48キロ」のプロフィルはその通りだったが、快活でさわやかに受け答えする五十嵐は、聞いていた「ラフな騎乗をするジョッキー」という印象とは違って見えた。 「ラフですか? そうかもしれません。いつも勝つつもりで乗ってますから、気持ちが表に出ることもありますね」 五十嵐は、ホッカイドウ競馬を代表する騎手の一人である。1993年秋に18歳でデビューし、25勝を挙げて新人賞を獲得。昨年まで5年連続・通算6度のリーディング騎手に輝き、通算成績949勝は道営の現役騎手の第7位。中央競馬でも重賞4勝を含め41勝を挙げている。 五十嵐が恩師と仰ぐ調教師の桑原義光(63)は「身のこなしがよくて運動能力がある。例えば4コーナーを回って直線の1ハロン(200メートル)を追う時、10回より20回追えた方が馬を動かせる。五十嵐にはそれができる」と話す。 深川市で生まれ育った五十嵐は、幼いころから馬に縁があった。会社員の父・徹(54)は、ばんえい競馬が好きで、一人息子の五十嵐の手を引いて旭川競馬場によく行った。徹によると、「息子の言う馬券を買うと、不思議によく当たった」という。 小中とスポーツ少年 小中学校時代は野球、柔道、マラソンをするスポーツ少年だった。「負けず嫌いだった」というエピソードの一つにマラソンがある。 〈小学5年の時。クラスに何でもできる学校のヒーローのような人気者がいた。足も速くて短距離が得意だった。悔しかった。短距離ではかなわないが、長距離なら勝てるかもしれない。毎日朝・夕に10キロ走った。校内のマラソン大会でついに優勝した時、もう中学2年になっていた〉 五十嵐が騎手になりたいと思ったのは、その中学2年の時だった。 「家でたまたま競馬中継のテレビを見て、格好いいと思ったんです。体が小さかったし、勝負ごとも好きで、仕事をするなら勝ち負けの世界でと思いました。でも、それは後から考えたことで、その時はただ格好いいというだけでした」 中学の卒業文集に「競馬の騎手になって、テレビに映る」と書き、競馬学校に入ると決めたが、徹は「高校だけは出ろ」と反対した。その徹が病に倒れて入院し、五十嵐は父の体調を気遣って高校に進学したが、半年後に退院した徹は、息子の固い決意を知って許した。 1年の秋に高校を中退して騎手の道を進んだ五十嵐は、今こう話す。「騎手は天職だと思ってます。また生まれ変わっても騎手になりたい」 (敬称略)
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