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巨匠が認めた札響の力 (2007年7月1日)

 その時、邦画の巨匠、黒沢明監督は、大勢のスタッフを従えて千歳市民文化センターに入ってきた。1985年4月5日午前9時過ぎ。札幌交響楽団の演奏で、映画「乱」の録音を取るためだった。

 黒沢氏は挨拶(あいさつ)さえ、する気がないように見えた。周囲から「監督、ひと言」と促されて、ようやく「8年かけて作った映画です。よろしく……」とだけ語った。ろくに団員の顔も見ず、どっかと椅子(いす)にかけ、たばこをくわえた。

 黒沢氏は札響には不満で、ロンドン交響楽団に任せたかったようだ。だが、指揮を頼んだ岩城宏之氏は、自分の音楽を最もよく表現できるのは札響しかない、と思っていた。しかも、札響は、「乱」の作曲を担当した武満徹氏の曲を何度も演奏していたのだ。

 この日の午前中、映画のハイライトの4分50秒程度の音楽が黒沢氏の意に沿わず、札響は40回ほども演奏させられた。それでも札響は集中力を失わない。OKが出てオケが解散しようとした時、黒沢氏は「ちょっと待ってくれ」と大声を上げた。指揮台に乗り、深々と頭を下げた。

 「皆さんありがとう。千歳まで来たかいがありました」

 札響事務局長として立ち会った竹津宜男氏(札響創立時のホルン奏者)の回顧談である。「うれしかったですねぇ。黒沢さんは、この4分50秒は、田舎のオケには無理だと思っていたんですよ」

 札響の500回目の定期演奏会が先週の日曜日、札幌コンサートホールKitaraで開かれた。

 曲は、グスタフ・マーラーの交響曲第2番「復活」。数々の経営危機を乗り越え、大きく成長した姿がそこにあった。黒沢氏が耳にした音よりも今の方が圧倒的に素晴らしい、と竹津さんは言う。

 確かに、凄(すご)い演奏だった。心の中でブラボーを叫んだ。そんな人が、少なくなかったのではないか。北海道の人は、自前の優秀なプロオケを育ててきたことを、もっと誇っていい。

(飯田政之)

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