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[第2部 「日本一」を訪ねる]

(6)掘って掘って遠い空…青森・八戸市


鉱山の説明をする吉瀬さん(左)。展望台から見ると、ぽっかりと空間がくりぬかれたようだ

 四方を壁に囲まれた“地底”から見上げる空は、想像以上に狭かった。八戸市の中心部から車で南東に15分ほどの場所にある八戸石灰鉱山。地元の人は、この石灰石の露天掘り鉱山を「八戸キャニオン」と呼ぶ。だが、現場に立ってみると、渓谷というより巨大なすり鉢の底にいるような感覚にとらわれる。

地表から250メートル

 最も広いところで、南北2キロ、東西1キロ。一番深いところは海抜下150メートル、地表からだと180〜250メートルにもなる。「『こんなところが日本にあったのか』と、皆さん驚かれます」。石灰石採掘会社「住金鉱業」の佐藤隆・八戸鉱業所長(55)は、「穴」の縁にある展望台で説明してくれた。

 海抜90メートルのこの場所からでも、底まで240メートルある。東京・池袋の超高層ビル「サンシャイン60」とほぼ同じ。直径2・7メートルのタイヤをつけた、見上げるばかりの大きさの石灰石を運ぶ90トンダンプカーが、ここからだと豆粒のように見える。

 同鉱山周辺での採掘は江戸時代から行われていた。北東北の産業振興の柱として1918年(大正7年)に設立された「日の出セメント」(現・八戸セメント)が本格的に採掘を開始。戦後の70年(昭和45年)、もっぱら採掘にあたる会社として住金鉱業が作られた。それまで、セメント工場や八戸港までトロッコ列車で運搬していたが、地下に総延長10キロのベルトコンベヤーなどが建設され、増産体制が整えられた。

 掘り進むうち、次第に巨大になっていく穴の存在は、地元で少しずつ知られるようになり、同社は93年、昼間は自由に見学できる展望台を設置した。今では年間5000人も訪れる人気スポットとなり、インターネットで「日本一低い場所」と紹介されるようになった。

 石灰鉱山は、ほとんどが露天掘り。石灰石鉱業協会(東京都)によると、全国約160の石灰鉱山の大半は山を削って採掘している。八戸鉱山は、同社が操業を始めた時点で海抜20メートルしかなかった。年間生産量約530万トンは鉱山の中では8位。「産出量のトップ20でみても、海抜下で掘るのは住金鉱業ぐらい。確かに最も低い場所と言えるでしょう」という。

“深化”続ける石灰鉱山


高さ5メートルはある巨大ダンプ。地底に立つと人間の小ささを思い知らされる

 今も日曜日を除くほぼ毎日、地中に埋めた火薬を爆発させ、砕石をダンプカーでベルトコンベヤーまで運ぶ。創業当初を知る同社OB吉瀬孝幸さん(66)は「設備の進歩で穴が急速に深くなった」と感慨深げ。同社では、穴の幅を広げて、さらに深く掘り下げる計画で、2050年には現在より60メートル低い海抜下210メートルに達する見込みという。

 「石灰がなければ、東北有数の臨海工業都市・八戸は誕生しなかったかもしれない」と話すのは、「八戸キャニオン」の名付け親で地元郷土史家の江刺家(えさしか)均さん(57)。「八戸鉱山は、市民が誇るべき場所なのです」と強調する。

 八戸市観光課も昨年12月に策定した観光構想の中に、地元産業を紹介するスポットの一つとして鉱山を盛り込んだ。今後、パンフレットを作り、見学コースなどを整備していく考えだ。キャッチフレーズは「日本一空に遠い場所」。同課では「『日本一空に近い富士山』を意識しました。産業の歴史を伝える場所としても好材料」と意気込む。

 富士山との比較は別にしても、地元の人にとって重要な場所であるのは間違いない。住民や企業、行政の「深い」思いが、地域おこしの起爆剤となることを願って、八戸を後にした。(菅野薫)

 石灰石 サンゴなどの生物が堆積(たいせき)、沈殿し岩石となったもの。国内の鉱床の多くは数億年前に生成された。主成分は炭酸カルシウム。鉱床は全国各地にあり、国内自給率は100%。セメントの主原料や生コンクリートの骨材になるほか、製鉄の工程で不純物を除去する際に使われたり、土壌改良剤やこんにゃくの凝固剤など食品製造に活用されたりする。

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2007年2月22日  読売新聞)
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