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サーファー移住受け皿に<6>西日本屈指のサーフィンの名所・東洋町では、12月下旬でも、多くのサーファーが波乗りを楽しんでいる。その頃、海岸の背後に広がる山の斜面では、ポンカンの収穫が最盛期を迎えていた。ポンカンドリンクを作る「甲浦(かんのうら)の果樹仲間」の杉本孝子代表(47)らに交じって、日焼けした若いサーファーが忙しく手を動かす。「ドリンク事業が軌道に乗れば、町と若者が共存共栄できる」。杉本さんはそんな思いを強くしながら、たわわに実ったオレンジ色の玉を、かごの中に入れていった。 杉本さんらポンカン農家4軒で作る「果樹仲間」は2008年5月、濃縮ジュース「甲(かん)ちゃんのポンカンドリンク」を発売した。本来の柔らかな甘みと、ほのかな苦みを生かした味わい。ポンカンとゴマのドレッシングも作り、各1000本を売り出した。住民がデザインした瓶のラベルは、「イケメン」サーファーの「甲ちゃん」がポンカンの葉の上で波乗りする図柄にし、〈町名物〉のサーフィンを前面に出した。 「何か特産品で町おこしをしないと、このままではダメになってしまう」。杉本さんらがポンカンの加工品を考え始めたのは10年ほど前だった。農作物の輸入自由化でポンカンの価格は下落した。「今はいいが、年をとって収穫量を減らした時に、その分の収入を補う加工品が必要になる」と危機感を抱いていた。 漠然とした思いが形になり始めたのは07年。ポンカンの値段は10年前の半分近くに下がっていた。「いよいよ何とかせんといかん」。かつてポンカン農家が保存のために作っていた濃縮ジュースを商品化することにした。 08年2月、追熟(ついじゅく)の完了したポンカンを2トン車に乗せ、県内業者に加工を依頼。下旬には、試作品を町の住民ら数十人に飲んでもらい、味を決めた。持ち込みで販路を広げ、海の駅や量販店、観光施設などで販売。地道な努力が実り、高知市内の業者からは大量の注文を受けた。「売れるかどうかわからない」と考えていたドリンクは、発売直後に完売した。 働き手不足も悩みの一つだった。大阪府守口市出身の杉本さんは1982年、結婚を機に町に来た。美しい自然、開放的な人柄にほれ込んだ。しかし、働く場所がなければ若者は離れていく。「職があれば、移住してくる若いサーファーが増え、町に活気が出るはず」。そう考えて、今冬の収穫には20歳代のサーファー3人に手伝ってもらった。その一人、兵庫県加古川市出身の原佳子さん(28)は「働く場所があれば、安心して移住する人も増えるのでは」と話す。 ポンカンの追熟が終わる2月、糖度などを調整して味を改良し、2年目の生産、販売を始める。生産量も倍の2000本に増やす予定。今年の収穫も、サーファーに再びお願いするつもりだ。ドリンクを使ったカクテルのレシピの開発や、インターネット販売も考えている。生産が増えれば、製造から販売まで町内ですべてまかなうことも夢ではない。「サーフィンの町、ポンカンの町のシンボルとなる商品に育てたい」。杉本さんたちの挑戦は、始まったばかりだ。(佐藤直子) (おわり) (2009年1月7日 読売新聞)
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