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(4)五湯にぎわい 取り戻す

ライバル結集呼びかけ

菅原さんは、送迎バスのハンドルを再び握り、お客を出迎える日を待ち望んでいる

 誰もいない山道を、旅館「くりこま荘」を経営する菅原次男(67)は、走り続けた。巨岩が道をふさぎ、あちこちで土砂崩れの地鳴りが響く。何度も足をすくませながらも、栗原市耕英地区を目指した。

 地震の瞬間、法事で岩手県一関市にいた。くりこま荘の無事を確認した後、テレビ画面に映る泥に埋もれた旅館「駒の湯温泉」に、くぎ付けになった。同旅館には高橋恵子が働いている。娘夫婦の仲人を次男がかって出たほど親しい仲だ。

 助けにいくため、すぐに一関を離れた。耕英が近づくと、通行止めの地点で車を降り、山道を登った。4時間かけ、町営食堂に着いたところで夜を迎えた。

 消防隊員や自衛隊員と雑魚寝した翌朝、駒の湯温泉を目にした〈その時〉、次男は自然の猛威を前に、立ちつくすしかなかった。高橋の行方は、今も分からない。

     ◎

 地震から約3か月、何も手につかず、自宅にこもった。くりこま荘の被害は比較的軽微だった。ただ、ふもとにつながる道路は閉鎖され、旅館再開への道のりさえ描けない。何より、圧倒的な自然の脅威に直面し、気力も奪われた。時間だけが過ぎた。

 このままじゃ駄目だ、そう思うまで半年近くかかった。そうなると周囲の様子が気になった。復興を目指す会はあちこちで立ち上がっていたが、イワナや農業関係者が主体で、温泉復興を考える場はなかった。

 「温泉があったからこそ、栗駒に人が集まった。温泉の復活無くして本当の復活はない」。そう考えた次男は11月、ほかの旅館経営者に呼びかけ、「栗駒五湯(ごとう)復興の会」を設立した。栗駒、花山にある5軒の温泉旅館が集結した。

 同じ地域の旅館といってもライバル。年に1度顔を合わせる程度だったが、結成後は頻繁に会合を開き、お互いの苦労話に耳を傾けるようになった。新たな温泉源の発掘や、新たな業者を取り込んでの共同経営など、復興のアイデアを市に提案している。

 ただ、メンバーの各旅館が置かれた状況は一様ではない。くりこま荘がすぐにも再開できそうな一方で、駒の湯温泉と湯栄館は、元の場所での再開は絶望的だ。

 自分の旅館だけ先に再開するのをためらう仲間もいた。「できるところから始めればいい。観光客が集まれば仕事も生まれるし、耕英のためになる」と、駒の湯温泉の菅原昭夫(53)は仲間を激励する。

 次男は、くりこま荘の再開を決めた。車庫に置かれたままになっていた送迎バスを今月に入り、久しぶりに点検してみた。「くりこま荘」「新湯温泉」と書かれたフロント部分のほこりを、ゆっくり落とした。

 「数百年かかっても、五湯を復活させる」。そのための第一歩、復興最初の客を待ちわびている。(文中敬称略、山下真範 写真も)

2009年6月12日  読売新聞)
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