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<3>小説家伊坂幸太郎さん世界創ったオアシス
「僕は大学を出て会社員になったが、つらいことが多かった。嫌な人にも会わなければいけないし、頑張っても報われるわけじゃない。そう考えると、学生時代は“砂漠の中のオアシス”だった。あんなに甘えられた貴重な時期はもう二度とないんだよと、当時の僕に教えたかった」 千葉県で育った伊坂が小説を書こうと思ったのは、高校生の時。「人生は短い、しかも一回限り」。画廊を経営する父から渡された美術評論書の帯にあった言葉にしびれてしまったのだ。島田荘司などのエンターテインメント小説を耽読していた青年が想像の世界を創り出すには、「独り暮らししかない」。思い浮かんだのが、仙台だった。小学生で家族旅行した時の落ち着いた街の雰囲気がよみがえってきた。 東北大法学部に進学した。小説を書くなら文学部、となりがちだが、「文学部だとなんか安直な気がして。小説以外の全く新しいことを知りたかった」。 小説の執筆は入学以来、黙々と続けた。好きな作家の連城三紀彦の『戻り川心中』を模写するような努力もした。1年か2年の時に大学書籍部で出会ったのが、大江健三郎の小説。たまたま平積みになっていた『叫び声』を買って読み始め、「こんなすごい新人(!)作家がいるのか」と驚いた。 それから大江の小説を10冊ほど立て続けに読んだ。純文学への興味は中上健次やドストエフスキーにも広がり、「あらすじよりも味わいで読ませる小説の魅力に目覚めた」。一見、等身大に思えて実はありえない世界に誘い込む伊坂作品の小宇宙は、八木山のアパートで土台が築かれていった。 理ではなく、情の人間だった伊坂は、「コンピューターに条件をあてはめて答えを出すように見えた法律の世界」に次第に違和感を覚えるようになる。 ただ、法学部が不毛だったわけではない。個人の意識を大切にする学風は気に入っていた。建学の精神、研究第一主義の影響か、司法試験に合格するための予備校のような雰囲気はなかった。「あくまで法律を勉強しに来るところという感じだった。自由に小説が読めることがありがたかった」 伊坂に限らず、東北大は佐藤賢一や瀬名秀明といった作家を生んでいる。仙台文学館学芸室長の村上佳子(49)は、「ほどほどの都会にありながら、青葉山の自然に恵まれた懐の深さがある。文学を生み出しやすい環境があるのかもしれない」と語る。 伊坂にとって、法学部の仲間たちはかけがえのない存在だった。男ばかり十数人でよくつるんで遊び歩いた。『砂漠』を生み出すことになる“オアシス”を卒業してから、すでに10年以上がたつ。 いまも仙台に住みながら、小説を書き続ける。「街の大きさや、リズムが自分に合っている」。毎年、顔を会わせる仲間たちとの付き合いも変わらない。 (敬称略) (植田滋) ソフトウエア会社に勤めていた2000年、「オーデュボンの祈り」(新潮ミステリー倶楽部賞)でデビュー。センスのある会話と巧みな仕掛けで人気を呼ぶ。「重力ピエロ」(03年)、「砂漠」など5作が直木賞候補に。吉川英治文学新人賞の「アヒルと鴨のコインロッカー」(03年)が映画化され、5月に仙台で先行公開される。
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