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<6>計画的に捕獲・調査を

鈴木正嗣・岐阜大教授に聞く

鈴木正嗣・岐阜大教授

 野生動物と人間の関係はどうあるべきか。シカの生態に詳しく、野生動物医学が専門の鈴木正嗣・岐阜大学応用生物科学部教授に聞いた。

 昔の日本人は、動物と平和に付き合ってきたと言う人がいるが、それは真実ではない。江戸時代の農村は、野生動物との戦いの歴史だった。明治時代になって、富国強兵策で山の木が切られ、動物も食料や兵士の防寒具の材料としてとられ、数が少なくなった。

 戦後すぐの里山は、全国的に荒れ地になっていた。今は、植林地が増えたうえに、広葉樹林として復活した所も多い。森に戻れば、動物も増える。

 その一方で、高度経済成長期から里山の過疎が進み、人間が少なくなった。昔は里山の人間が悪戦苦闘しながら、動物を追い返していたのが、今は追い返す力がなくなり、動物がどんどん進出している。

 今、全国的に問題となっている動物による農林業被害は、開発に追われて行き場をなくした動物が起こしているとは言い切れない。

 戦後、野生動物が少なかったころは、動物の命を守ることが、イコール自然保護だった。今は動物が自然の植生を荒らし、環境への影響も大きい。動物の数を管理しないと、植生を保てない。動物をただ守るという考えから、動物との「闘争的共存」を図る方向に発想転換しなければならない。

 動物の数の管理には、狩猟の役割が重要だが、ハンターは1970年代から、どんどん減っている。もはや趣味の狩猟だけでは、対応できない。大学と行政が連携し、訓練を受けて、動物学の知識を持ったプロが計画的に動物を捕獲し、科学的な継続調査を行う態勢をつくる必要がある。

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【全25回連載を終えて】 変わりゆく「故郷」の情景

 「里山」という言葉で最初に思いついたのは、唱歌「故郷(ふるさと)」に歌われた情景だった。人が自然と共存していた昔に戻るために、どうすればいいのか。連載の取材を始めた昨年末、そんな視点で考えていた。

 だが、色々な人に話を聞くうちに、「昔は自然が豊かだった」という考えが思いこみにすぎないことがわかってきた。

 戦前の県内は、燃料の薪用に木を切りすぎたり、牧草地に利用したりしたため、木がほとんどない山が多かった。今は美しいカラマツ林となっている長野市の飯綱高原も、かつては一面見渡せる草地だったという。

 そこに跳ねていたであろう「故郷」の野ウサギは、今はほとんどいない。植林で森が復活し、草地でしか餌を採れないウサギは減少し、シカやクマなどの動物が増えたのだという。

 高度経済成長期、木材需要の増加を見込んで、多くの山で植林が進められたが、やがて外国材の流入で木材価格は下がった。家庭の燃料が薪からガスや石油に変わったこともあり、森に人の手が入らなくなった。経済、社会情勢の変化が、里山の姿を大きく変えてきた。

 野生動物による農作物被害、耕作放棄、集落の過疎化――。里山からは今、暗い話が多く聞こえてくる。25回の連載では、そんな里山に芽吹いた新しい動きも紹介してきた。将来の里山像を考えるヒントが、その中にあったと信じたい。(中島健太郎)

(連載「里山はいま」は、今回の第4部で終了します)

2008年12月13日  読売新聞)
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