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<5>万平ホテル(軽井沢町軽井沢)

赤トンボに笑いあう親子

ジョン一家が決まって滞在した万平ホテルのアルプス館128号室

 「婿が夏に泊まりたいと言っているのだけれど、部屋を取れないかしら」。その一言がきっかけだった。

 1977年5月、万平ホテル専務だった佐藤泰春さん(74)(現・会長)は、オノ・ヨーコさんの母・磯子さんと向き合っていた。「お婿さんってどなたですか」と尋ねると、磯子さんはこともなげに言った。「ジョン・レノンよ」。3年にわたるジョンとのつきあいの始まりだった。

 その夏、ジョンは予定通り家族でホテルを訪れた。これまでにも多くの著名人を受け入れてきたが、相手は天下のビートルズ。「どんなすごい兄さんが来るか」と緊張しながら出迎えたものの、意外にも車から降りてきたのは、ふっくらとした手を持つ物静かな男性だった。「握手したらふわっとしていてまるで赤ちゃんの手のようだった。物腰も穏やかで、あまりにもイメージと違うから拍子抜けした」

 来訪から数日で、ジョンは軽井沢町をすっかり気に入った様子だった。「故郷と雰囲気が似ている」と、自転車に乗って四六時中走り回り、息子のショーンさんとの時間を存分に楽しんだ。ホテルでもロイヤルミルクティーの入れ方を従業員に伝授したり、バーの古いピアノをほしがったりと、様々な逸話を残している。

 ある夏の終わり、佐藤さんはホテルの玄関先で赤トンボの群れを眺める親子を見つけた。幼い息子に教えようと、「こうすればトンボが止まるよ」と人さし指を立てたジョン。しばらく2人で指を立てていると、1匹の赤トンボがすっとショーンさんの頭に止まった。夕日に照らされておかしそうに笑いあう2人の姿は、生涯忘れられぬ記憶となった。「ジョンとショーンと赤トンボ。温かくてすてきな光景が、今も目に浮かんでくる」

 生前、「リタイアしたら軽井沢で暮らしたい」と語っていたジョン。その願いはかなわなかったが、ジョンの残したメッセージは、数々の名曲と共に人々の心を今なお揺さぶる。「みんなが望めば世界は平和になるよ」。そう語りかける歌声は、今日もどこかの街角に流れている。

 (この項おわり。永瀬章人が担当しました)

2009年4月18日  読売新聞)
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