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ジャン=ミシェル・バスキア《後頭部》 1983年落書きで社会批判ポップ・アートの始まりは1950年代末の、イギリスである。それがアメリカで花開いた背景には、第二次世界大戦後、経済、産業、文化、芸術の中心として、超大国の地位を確立したアメリカの豊かな生活があった。 ポップ・アート以降のアートには明るい色調、分かりやすい表現とは裏腹に、社会批判を含む作品も少なくない。17歳の頃から、ニューヨークの街角にグラフィティ(落書き)をしていたジャン=ミシェル・バスキア(1960〜88)。黒人であるバスキアは人種差別を主題とすることが多かった。画家にとって必須科目である人体解剖図に興味をもち、肌の色は違っても、中身は同じであると訴えた。落書きから一転アート・シーンで活躍する画家となったのもつかの間、27歳という若さでこの世を去った彼の一生は映画にもなっている。(県信濃美術館学芸員 石井絵美) (2009年11月7日 読売新聞)
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