検証 県議選 (中)不信任派の善戦

組織力で親田中派かわす 知事の「口撃」追い風にも 不信任を主導した現職の下崎保と「親田中」新人二人が一議席を争い、注目を集めた更埴市区。告示翌日の五日夜、知事の田中康夫がここへ初めて応援に入るのを翌日に控え、迎え撃つ下崎の選挙事務所で、集票作戦がひそかに話し合われていた。
「あと千五百票だ。一人三票、何とか頑張って取ってほしい」。陣営幹部のげきに、集まった後援会支部長ら五十人余は、黙ってうなずいた。
当初は下崎の劣勢も伝えられた選挙戦だったが、五日の時点で情勢分析した陣営が「必要最低限で、最も重要な票」とはじき出した数字は、千五百票だった。開票の結果、下崎(九千八百八十四票)と次点の和田英幸(八千七百十六票)の差は千百六十八票。ほぼ「票読み」の範囲内だった。
不信任批判による逆風が懸念される中、下崎陣営が情勢を把握して勝つことができたのは、「組織の力」にほかならない。
下崎側は、選挙区内に張り巡らした四十五の後援会支部をフル稼働させた上、和田の元後援会幹部らの支援も取り付けた。対する和田陣営は、田中支持者や共産党に、自民党支持者らを加えた寄り合い所帯。選挙戦術を巡り対立することもあった。
和田の後援会関係者の一人は「下崎陣営が六十回以上集会を開き、地べたをはう組織型選挙をしたのに、うちは約十五回。勝てる選挙だったのに、格好いい選挙をしすぎた」と悔やむ。
前市議会議長という経歴の和田は、もともと一定の地盤を持っており、地盤もなく政策や選挙戦術を田中側に依存する“田中チルドレン”の新人とは一線を画していた面もあった。
ところが、「田中支持」を打ち出し、田中の直接支援を受けながら、よもやの敗戦。「私を含め、知事が応援した十一人は『知事に助けられる力のない人たち』と見られたのかも」と話す和田は、「知事の理念を支持した上で、政策上の『是々非々』は議員として当然。だが、『是々非々』と言えば『反田中』と色分けされる。知事との距離の取り方が難しかった」と選挙戦を振り返る。
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落選した“田中チルドレン”の複数の陣営が「『田中があんな言い方をするなら票を入れない』と支持者から言われた」とうつむくのが、田中の直接応援での演説内容だ。“チルドレン”らと戦った不信任賛成派の現職らに、「追い風」にもなったようだ。
「(今の県議会は)私の言うことは何でも『非々』、だよ。ヒーヒー言っているうちに、マントヒヒだよ」(十二日、更埴市で)
田中一流のこうした“口撃”は、県内各地で波紋を広げた。応戦したある現職県議の陣営幹部は、「あれでこっちは引き締まった。保守層の人を中心に、知事の言葉に嫌気がさした人も多かっただろう」と分析する。
県議選で、明確に「田中支持」を掲げた候補四十六人(本紙調べ)の得票総数は約三十六万二千票で、有効投票総数の34・9%。これは、出直し知事選での田中の得票率64・3%の約半分に過ぎない。
旧来型の組織選挙に批判的で、依然高い人気を誇る田中だが、自らのテコ入れが対立陣営の「組織」を勢いづかせたのは、皮肉にも映る。(文中敬称略)
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