ぶらり洋館探訪
松本市旧司祭館(松本市開智)
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きちょうめんなほど左右対称の外観。縦長の鐙戸(よろいど)に、フランスからの影響がうかがわれる
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簡素な中に際立つ“美意識” 「本家」の風格とでも言えばいいか。水色の下見板が目にしみる方形の建物は、泰然自若たる風情で公園にたたずむ。
目の前には、一八七六年(明治九年)完工の旧開智学校。装飾の限りを尽くした「擬洋風建築の王者」に対し、松本市旧司祭館の印象は簡素そのもの。しかし、注意を払えば、そのデザインの巧みさに気づくだろう。
ギリシャ神殿を思わせる三角の破風、レンガで築かれた基礎と煙突……。自己主張することなく全体にとけ込む意匠の数々は、洋風を目指し始めたばかりの明治人には到達しえない“美意識”で満たされている。
◆仏人神父が建設
フランス人神父、オギュスタン・デルファン・マリ・クレマン(一八五四―一九一四)が、宣教師と伝道師のための住居として旧司祭館を建てたのは、一八八九年(明治二十二年)。松本城の北方にある武家屋敷跡を買い、自ら設計図を引いた。
「中廊下の両側に部屋を設けた、典型的なアーリーアメリカン様式。現存する県内最初期の洋館でしょう」。NPO法人「信州伝統的建造物保存技術研究会」副理事長の吉澤政己さん(50)が説明する。
高床式の木造二階建て。一階は事務室、応接室など、二階には寝室を設け、部屋ごとに暖炉を配置した。延べ床面積約二百平方メートル。地下倉庫には、ワインを貯蔵したと言われている。
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大型のガラスと、淡いグリーンの窓枠とのコントラストが美しい2階のベランダ
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吉澤さんが感嘆した様子で語る。「まだ鉄道も敷かれていなかった時代にもかかわらず、フランスから届いたブドウ酒と、ベランダに用いるガラスを、荷車ではるばると松本へ運んできた。神父がいかに偉大だったかがしのばれます」
松本市笹部の山岸進さん(74)は少年時代、教会の教理問答書「公教要理」を旧司祭館で学んだ。壁には天国、煉獄(れんごく)、地獄の図が掲げられ、とりわけ人々が火にかけられている生々しい絵を、今も鮮明に覚えている。
「勉強をしなければという厳しい雰囲気に包まれていた。でも、ベランダのガラス窓からはハス池や竹林が見え、自然に恵まれた場所にありました」
◆1989年に市へ寄贈
一九八九年の道路拡幅工事の際、松本カトリック教会は、旧司祭館を市へ寄贈した。市は二年後、旧開智学校がある開智公園内へ解体移築した。
館内へと入り、十九世紀のフランス製家具を鑑賞しながら階段を上った。近代から現代への移ろいを見守ってきたケヤキの手すりが、窓から差し込む光を受けて、柔らかな光沢を放つ。
ベランダに出ると、ガラス越しに新緑の世界が広がった。その向こうに、いかにも自然との調和を欠いたミラー張りの図書館が建つ。
旧司祭館が、少しゆがんで壁の鏡に映し出された。その姿を見つめながら、百年余りの時を経てなお埋まることのない、西洋との“美意識”の差を痛感したのだった。
(保井隆之)
〈メモ〉
市の重要文化財▽JR松本駅バスターミナルから北市内線「蟻ヶ崎高校前」下車、徒歩5分▽休館は12月から2月までの月曜日と祝日の翌日、年末年始。午前8時30分―午後5時▽入館無料。(電)0263・32・5725。