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「異種和合」堺の味わい小松菜ロール生クリームと小松菜、そして、しょうゆ。通常では考えられない組み合わせの食材を使ったロールケーキが、堺市で生まれた。 「シャキシャキした食感がいい。あっさりした甘さで体にも良さそう」。同市堺区のパン店・プランタン工房。常連客の泉佐野市の主婦中野美加(37)は昨年12月の発売以来、すっかり「小松菜ロール」のファンになった。 当初は1日30本ずつ3日間限定の予定だったが、注文が相次ぎ、5倍の450本を完売。通常のロールケーキから切り替え、今も販売を続ける。 「どうしたらいいのか……」。小松菜ロールの発売から9か月ほどさかのぼる昨年3月。プランタン工房社長の中川圭造(66)は、ある依頼に戸惑っていた。 「小松菜をパンに使えないか」。打診してきたのは、堺市中区で、しものファームを営む霜野要規(としのり)(39)だ。 大型のビニールハウス60棟で年260トンの小松菜を生産する。小松菜の生産農家としては府内最大規模。だが、悩みがあった。周辺の都市化が進むにつれ、トラクターの騒音や農薬散布に苦情が寄せられるようになっていたのだ。「理解を得るためには、地元の特産としてアピールすることが必要」。その思いから、中川に持ちかけたのが「小松菜パン」だ。 フランスパン、ドイツパン、デニッシュ……。中川の指示を受けたプランタン工房工場長の山茂太一(40)は、小松菜との相性を考えながらパンを選び、火加減や酵母、味付けなどを変えて焼き直した。 食パンをベースにした生地とロースハムで小松菜を包み、パルメザンチーズを振りかけたパンは昨年5月に完成。たちまち人気商品となり、今も毎日30〜50個売れる。小松菜ロールはその第2弾だ。生クリームに入れる小松菜の刻み方を何度も変えては試し、商品となるまでに約3か月かかった。 二つの商品に使われたのが同市堺区の老舗「大醤(だいしょう)」のしょうゆ。パンでは引き立て役、ロールでは隠し味となった。パン店と農場、しょうゆ製造会社。異業種の3者に共通するものがある。「こだわり」だ。 プランタン工房では、毎日午前3時から粉のこね上げ作業を始め、気温や湿度に応じて使う酵母や焼き上げる時の火加減を微妙に変えていく。しものファームは水を地下50〜150メートルからくみ上げ、使う農薬は通常の半分以下。肥料には魚のアラなどを乾燥させた魚粉を使う。大醤が発酵に使うこうじ菌は明治時代から自社で培養し続ける。 堺は、中世に南蛮貿易で栄え、技術・文化の発信地となった。「ものの始まりなんでも」と言われた地で誕生した新たな名物。「それぞれの強みが組み合わさり、いい物ができた」と大醤社長の河盛幹雄(56)。「堺ならではの物を作り、受け入れられたのはうれしい」。山茂も喜ぶと共に、次の一手にも意欲を見せる。「パンもロールも完成品とは思っていない。100%納得できるパンは一生できないんじゃないですか。それぐらい奥が深い」 成功に刺激を受け、河盛が部会長を務める堺商工会議所食品部会では、別の業者間で連携を進める話し合いが始まった。「異なる分野で刺激し合い、新しい食文化を創造していきたい」。パンとロールにかかわった皆の願いを代弁するように霜野が力を込めた。(文中敬称略) (阿部健) メモ 小松菜はアブラナ科の野菜。カロテンやカルシウムを豊富に含み、いため物や煮物、あえ物などに幅広く使われる。府によると、江戸時代に現在の東京都江戸川区小松川周辺で栽培されたため、その名が付いたという。府の2006年の出荷量は4400トンで全国5位。堺市はこの4分の1を占める府内最大の産地となっている。 (2009年2月12日 読売新聞)
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