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その5  幸せの手(2009年12月1日)

根を張る「ハッピー」の木

巨大な「しあわせの手」を見上げる小林さん。高さ4メートルにもなるモニュメントは、訪れる市民らの目を楽しませている(幸手市役所で)

 「幸せの手」という縁起のいい市名にあやかり、幸手市では「幸せ」「ハッピー」を冠した街づくりの取り組みが盛んだ。

 〈幸手に根を張る樹木に、なびく手のひら。幸せを市内に行き渡らせるその手は、万物を創造する無限の可能性も秘める〉

 市名にちなんだモニュメント作りを市から頼まれた彫刻家小林晃一さん(52)は、幸手のイメージをこう膨らませ、1990年、彫刻「しあわせの手」を制作、市役所玄関前に展示した。「昔から幸手という地名が好きだった。幸手を象徴するものを考えた時、自然と『しあわせの手』に行き着いた」と話す。

 幸手市で生まれ、子どもの頃から手作業での物作りに夢中だった。東京芸術大では大学院まで彫刻を学び、良質の石を求めてたどり着いた宮城県で工房を開設。幸手市から制作依頼が来たのは、ちょうどその頃だった。

 モニュメントは各地で作ったが、地元からの依頼には特に熱が入った。「根を張る樹木」をわが身と重ねたのだ。「地元に根付くことは大切」と。

 2003年、幸手に工房となる美術研究所を開いた。今年から、市民を招いた創作教室を始め、中学で週2回の美術指導も受け持つなど、徐々に「根」を広げる。

 「物作りは自分に向き合い、自分を知ることができ、完成作品はコミュニケーションの道具になる。手で物を作るのはとても幸せなこと。それを子どもたちに伝えたい」。小林さんは笑顔で語った。

 「しあわせの手」の近くには、女子マラソン五輪金メダリスト高橋尚子さん、元大リーガー野茂英雄さんら有名人22人の手形を押した碑も並ぶ。手形は、幸手青年会議所が88年から行う「ハッピーハンド事業」で集めたものだ。

増田竜太郎さん
川井淑行さん

 その年に幸せだったり、人々を幸せな気持ちにさせてくれた男女を、市民の投票で選ぶこの事業。今年の投票は締め切られ、7日の開票を待つのみだ。実行委員長を務める同会議所の増田竜太郎さん(31)は「市民の皆さんが喜んでくれるような、幸せにあふれた方が選ばれれば」と期待を込める。

 受賞者は、いずれもその年に活躍したスポーツ選手や芸能人、文化人などで、多忙のため受賞を伝えることすらままならないという。だが、何とか手形をもらう交渉にこぎ着け、事業の趣旨を伝えると、共感してイベントなどに合わせて幸手に来てくれるケースも多い。07年11月には、翌春にプロテニスに復帰する直前のクルム伊達公子さん(95年受賞)が、子どもたちへのテニス指導に訪れた。「参加した子どもや親には、伊達さんから幸せがおすそ分けされたはず。私もその場に立ち会え、幸せでした」。増田さんはこう言って顔をほころばせた。

 本や映画でも、幸せは運び込まれる。市商業協同組合(土屋博理事長)は06年、市民らに募集した幸せの体験談などをまとめ、神様犬「ぷー」の目線から市民の幸せを描いた本「幸手 幸せ物語」を制作した。07年には、物語を基に短編映画も作られ、現在、組合ホームページで公開中だ。

 事務局長の川井淑行(としゆき)さん(53)は「幸手は、幸せを手にできる街。こんないい地名だからこそ、もっと観光にもアピールしたい」と話す。今後、市内の幸せスポットを巡るウオークラリーや、「幸せ物語」の続編制作の構想も練る。

 市教委によると、幸手の由来は、〈1〉アイヌ語の乾いた地を意味する「サッ」〈2〉日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征に立ち寄った「薩手(さって)が島」――との説が有力だという。

 長引く不況、雇用不安、急激な円高・デフレと、生活者にとっては厳しい時代。「幸せ」の在り方を常に問いかけるような幸手の街の試みは、意味合いを一段と増している。(終わり)

 (「幸手の巻」は村上達也が担当しました)

2009年12月1日  読売新聞)
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