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治水か立ち退きか<1>早朝、木立に包まれた境内に立つと、松江の中心街にいることを忘れる。そばの大橋川からシジミ舟のエンジン音が聞こえた。松江市和多見町の売布(めふ)神社。本殿脇の社務所で、宮司で町内会長の青戸良臣さん(67)が険しい表情で分厚いファイルに目を通していた。表紙には「大橋川改修事業」と書かれていた。 「仲の良かった町民同士が口もきかなくなった。私は毎日、この問題で心が張り裂けそうですよ」 宍道湖と中海を結び、県都・松江の顔でもある大橋川。国土交通省が治水対策のために改修する事業は、環境調査の第1次とりまとめで実現へ一歩踏み出した。上流部は最大20メートル拡幅され、松江大橋、新大橋が架け替えられるため、橋南地区は様相が一変する。 既に国、県、市は年明けから、立ち退きの影響が出る和多見町を含む白潟地区で、市道拡幅や緑地公園の設置など事業に伴うまちづくりの「たたき台」とする案を住民に説明し始めた。 「斐伊川流域に豪雨が降っても、宍道湖のお陰で松江への浸水は緩やかだ。何十年に一度の水害のために町を変えていいのか」 立ち退きへの賛否で対立する住民、家の建て替えや店舗改装といった将来設計が見えずに苦しむ住民。そんな姿を見てきた青戸さんは「まちづくりのため」という国交省の姿勢にも疑問を抱く。「住民が和気あいあいと暮らせる心のつながりが大事なのに、今や『まち壊し』になっている」 ◇ 売布神社から道路を渡った飲食店街の伊勢宮町。アーケードが覆う歩道の道路標識の高さ85センチ部分に青い表示がある。「昭和47年7月洪水相当水位」。1972年7月の豪雨で斐伊川から宍道湖へ濁流が押し寄せ、松江市など約2万5000戸が浸水した水害を風化させまいと、県が市内150か所に設置した。大橋川改修と斐伊川の放水路・上流のダム建設のいわゆる「治水3点セット」はこの惨状を原点に動き始めた。 「早く水につからんようにしてくれというのが本音。景観の問題もあるだろうが、きれい事では進まない」。伊勢宮町町内会長の稲田靖次さん(64)は進まぬ事業にいらだつ。 72年水害で経営していた旅館が床上浸水し、畳の取り換えなどで約1か月間休業した。06年の7月豪雨でも町内は20〜50センチ浸水。廃業した旅館跡地に建てた3階建ての自宅は、1階を駐車場にした。水が押し寄せた苦い経験のためだ。 「あんな思いは二度としたくない。体験した者にしかわからない」。ただ、迷いもある。「水害は何十年に一度。国が示している案が最善なのか……」 事業を学ぶ地区の勉強会はお年寄りが目立つ。稲田さんは「時代が変われば町も変わる。若い人に松江を作っていくという意識で取り組んでほしい」と願う。 ◇ 国土交通省出雲河川事務所による大橋川改修事業が進みつつあるが、詳細を理解する市民は少ない。事業の具体化の一方、広い反対運動も起き始めている。治水効果や湖の環境・景観への影響、生活の変化など、事業は県都に何をもたらすのか。その全体像に迫る。 大橋川改修問題について、連載終了後に紙上討論会をしたいと思います。皆さんのご意見を郵送かファクス(0852・23・1413)、メール(matsue@yomiuri.com)で松江支局へお寄せ下さい。 (2008年3月31日 読売新聞)
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