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<2>夢へ突進 努力で道開く

米女子アメフトプロ選手 小倉典子さん

米女子リーグで活躍する小倉選手(左)と島根大アメフト部の後輩たち(松江市の島根大で)
3歳の頃。「子どもの頃の写真を見ると、父は『まさかこんな風になるとはなあ』と言います」(鳥取県琴浦町の自宅で)

 敵のブロックをくぐり抜け、金色のヘルメットが突き進む。本場・米国の女子アメフトプロチーム、サクラメント・サイレンスで活躍するのは、鳥取県琴浦町出身の小倉典子選手(27)。ボールを持って走るランニングバック(RB)を務め、どんな相手にも恐れず立ち向かっていく。

 「私もあんな風にキラキラしたい」。中学3年の時、米ナショナル・フットボールリーグ(NFL)決勝戦「スーパーボウル」をテレビ観戦してそう思った。心を動かしたのは、その試合でMVPに輝いたRB、テレル・デービス選手。ずば抜けた身体能力はないが、チームプレーに徹することで、確実に得点につなげていた。

 当時は、ぜんそくやアトピー性皮膚炎に悩まされ、思い切り体を動かせなかった。そんな時に出会ったのが、デービス選手のプレー。「体の小さな自分でも、仲間を信じてプレーすればやっていけるんだ」。毎日のようにその一戦のビデオを見るうち、いつしか自分もアメフトをしたいと思うようになっていった。

 病気は次第に回復し、島根大総合理工学部に進むと、満を持してアメフト部に入部希望。部員は男性ばかり。女性だからといって特別扱いはしないとの条件で受け入れられた。「もしほかの大学だったら入れなかったかもしれない。島大は今の自分の土台」と振り返る。

 「練習は、人の3、4倍は頑張った」。男子にも当たり負けせず、逆に「1対1じゃ勝てない」と、同学年の男子選手たちをうならせるほど。1年から試合に出場した。

 病気で一時練習に参加できず、その分を取り返そうと自ら留年したこともあった。2年では、スポーツ科学を学ぶため、教育学部に転部した。面接で、「プロのアメフト選手になる」と断言した。

 熱意がくじけそうになったことがある。大学最後の年の初夏、試合中に右ひざのじん帯を切った。持ち味の、全速で直角に身を翻す走りが、負担を大きくしていた。卒業後、小学校の講師になった。

 だが、子どもたちに「努力すれば夢はかなう」と教えるうちに、疑問を持つようになった。「自分があきらめてしまっているのに。格好悪い」。心に再び火が付いた。ジムに通って走力を磨き、島根大の練習試合に参加した。2007年冬、サイレンスの入団テストを受けた。「落ちるわけがない」。その自信の通り、結果は一発合格だった。

 1年の前半を米国で選手として過ごすが、後半は帰国し、クラブチーム「アサヒ飲料チャレンジャーズ」で、試合を分析するアナライジングスタッフを務めている。地元に伝わる和太鼓「白鳳太鼓」が好きで、今も祭りで腕前を披露する。料理も得意で、いなりずしや、ようかんも作る。サイレンスのチームメートに振る舞うこともあるという。

 米国でプレーを始めて3年目。「今年こそはプレーオフ出場を」「ブログを通じてアメフトの魅力を伝える」。抱負は多い。何より、「デービス選手のように、自分の活躍で、悩みを抱えてる人をプラス思考にしたい」。キラキラした目で目標を語る小倉選手のプレーに、多くの人が元気をもらえるはずだ。

2010年1月3日  読売新聞)
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