芽ネギ(下)
“無理難題”逸品生む
つまようじより、やや大きいくらいのネギが、澄んだ水に浸したスポンジから、何本も群れて伸びている。浜松市内でユニークな野菜作りをしている京丸園が開発し、東京の高級寿司(すし)店から注文が相次いでいる芽ネギである。
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芽ネギは出荷前に一つひとつ種を取り除かれる(浜松市の京丸園で) |
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それまでの露地栽培主体の芽ネギの場合、収穫から2〜3日で鮮度を失い、食材として使いづらかった。そこで、スポンジに種をまく水耕栽培によって、1週間の日持ちを可能にした。いわば“スポンジ畑”に植えて、生きた状態でパックに詰めて出荷する。あのカイワレダイコンと同じ方式だ。
代表取締役の鈴木厚志さん(41)が、この商品の開発に取り組んだのは、浜松市の「しゅん助寿司」で他県産を使った芽ネギ寿司を食べたのがきっかけだった。主人の太田隆史さん(56)から「高くついて、やってられない。すぐにしおれない、腐らない芽ネギができないか」と相談された。鈴木さんいわく「生産者の血が騒いだ」。それから、およそ2年。「芽ネギの大将」太田さんから厳しい注文を付けられながら、試行錯誤する日々が続いた。
もともとミツバの水耕栽培をしていた鈴木さんは、これを芽ネギに応用してみたが、太田さんは味や食感、日持ちの良しあしにとどまらず、「パックから取り出して、そのまま寿司を握れないと、ネタにならない」などと、職人としてのわがままを言い放題。それでも、飽き足らない「大将」は、芽ネギ一本一本に付いている種を見て「邪魔だ。取るのが面倒くせえ」。長さをミリ単位でそろえ、出荷前に一本ずつ種を取り除くなど、手間のかかる作業ばかりが増えていった。
「最初は、はしにも棒にもかからなかったが、大将が『よしっ』とほほ笑んでくれた後、不思議と注文が増え始めた」(鈴木さん)。逆に、少しでも出来が悪いと、注文が減るという。実感したのは、生産者の都合よりも、いかに消費者のニーズに沿うかという点だ。2004年の株式会社化の思いの一つには、この芽ネギの教訓がある。
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水に浸したスポンジ畑に植えられ、収穫を待つ芽ネギ |
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現在、芽ネギは、コンピューター制御の温室施設で、種植えから3週間程度で収穫される周年栽培によって出荷されているが、パックに詰める前に、ピンセットを使った種の除去作業が待っている。従業員10人余が約5時間かけて、1〜2ミリ大の種と格闘。1パック当たり10〜15秒、1日約3500パックを処理する手つきは、素早くネタを握る「大将」の姿とダブって見えた。
この芽ネギがうまさを長く保つのは、水の良さも挙げられる。「近くを流れる天竜川のミネラル豊富な伏流水のおかげ」(鈴木さん)だ。太田さんも「ここの水は、シャリにも言うことなし」と太鼓判を押す。みずみずしい芽ネギと、つやのある寿司飯、さらに、壮齢の農業起業家と、頑固だが、人なつっこい寿司職人。天竜川が生んだ絶妙な合作である。(河合正人)