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(6)建材商社「シモレン」
「乗馬クラブの経営に乗り出す。もう工事契約は済ませた」。社長が宣言すると、ざわめきが広がった。その輪に向かって、社長は「君たちに心配は掛けない」と呼びかけた。 本社を近くに移転した跡地に、乗馬クラブ「ロイヤル ホースライディング クラブ」が完成したのは九四年。面積約五万八千平方メートル、建設費には約70億円がつぎ込まれた。 大理石を使った化粧室、馬場を煌々(こうこう)と照らす照明灯……。個人入会金は1000万円。発起人には、県議会議員、大手企業の社長らとともに、メーンバンク足利銀行の「会長・向江久夫」も名を連ねていた。 ◇ ◇ シモレンは一八八六年、赤レンガ製造販売会社として創立。一九九〇年代には、生コン、セメント製品の製造・販売などで年間300億円前後を売り上げ、国内有数のシェア(市場占有率)を誇った。 だが、乗馬クラブは赤字が続いた。九七年ごろ、建材部門担当の役員は社長に「乗馬クラブを会社本体から切り離してほしい」と迫った。それでも、社長は「だめだ。あれは私の夢だから」と突っぱねたという。 経営を圧迫した要因は、ほかにもあった。スポーツセンター建設用に35億円で買収した野木町の土地は、農地転用の許可が下りず宙に浮いたまま。九七年九月には、買収した千葉市の建材販売会社が倒産し、約50億円の損失を計上した。 一方で、足銀は乗馬クラブの土地を担保に、九五年七月に極度額10億7000万円、九六年三月に同5億円、九七年九月に同38億円の根抵当権を設定した。「メーンバンクとして経営を手助けする必要があった」と、担当した元支店長は釈明している。 ◇ ◇ 足銀が動いたのは九九年になってからだ。経営支援のため行員を出向させると、内情が徐々に明らかになった。「非常に危険な状態と伝わってきた。(足銀の)経営会議でも毎回、シモレンについて議論した」と元役員は説明する。 しかし、経営に行き詰まったシモレンは二〇〇一年十月、宇都宮地裁に民事再生手続きを申請する。後に清算が決まり、足銀は債権約192億円のほぼ全額を回収できない見通しだ。 ◇ ◇ 「シモレンは、法定の会計監査人の監査を一度も受けていなかった」。経営破たんの状況を調べたシモレンの破産管財人は、法律違反の疑いがあったと指摘する。 商法特例法は、負債総額200億円以上の株式会社に、株主総会に監査法人などによる監査報告書を提出するよう義務づけている。信用調査会社によると、シモレンは少なくとも九九年三月期以降、200億円以上の負債があったが、決算書には、あるべき外部監査の報告書はなかった。 足銀の元役員は「監査報告書がないと融資できないはずだが、シモレンに監査法人や公認会計士による報告書があったかどうか、記憶にない」と話す。 融資先の経営状態を正確に把握していたのか――。足銀の債権管理の甘さを象徴していたとも言えるシモレンの破たん。足銀自身の破たんは、この二年後に訪れる。(敬称略、肩書は当時) 写真=「ロイヤル ホースライディング クラブ」の落成記念写真集には、豪華な施設が紹介されている
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