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大相撲番外1

3横綱生んだ本県

写真:写真説明
蒲生神社に残る綾川五郎次の錦絵
 本県は、初代明石志賀之助、二代綾川五郎次、二十七代栃木山守也の三人の横綱を生み出した。三役陣では、江戸時代に大関二荒山(ふたらさん)、同小野ヶ滝(おのがたき)らを輩出、相撲が盛んな土地柄だった。その伝統を受け継ぎ、明治時代には、関脇東関、大正時代には、横綱栃木山と小結若湊(わかみなと)、昭和に入って関脇玉ノ富士、現在は北勝力(ほくとうりき)が活躍している。

【二代 綾川五郎次】

 綾川は、明石と同様、横綱だったことを示す番付などは見つかっていないが、出身地とされる栃木市の定願寺には、「明和二年(一七六五年)一月二十三日没」と刻まれた墓がある。


写真:写真説明
太平山神社の「綾川五郎次受留めの石」
 同市平井町の太平山神社には「綾川五郎次受留めの石」が伝わる。縦横各一メートル、高さ五十センチほどの巨石で、下側は土に埋まっている。この石が、神社の急な石段を転げ落ちてきたところ、居合わせた綾川が受け止めたとされる。

 歴代横綱と縁が深い宇都宮市塙田の蒲生神社に伝わる綾川の錦絵には、七尺(身長約二メートル一二)と記されており、巨石を受け止めるだけの大男だったことをしのばせる。「相撲今昔物語」(一七八五年刊)には、土俵に上がってもにこにこしていて、見物人から「綾川さま、綾川さま」と声がかかったという様子がつづられており、愛きょうのある人気力士だったようだ。


写真:写真説明
大正8年ごろの横綱になった当初の栃木山
【二十七代 栃木山守也】

 藤岡町出身の栃木山は、身長一メートル七二、体重百五キロの小兵ながら、年二場所の時代に優勝九回、横綱での成績は百十五勝八敗と、文字通りの“小さな大横綱”だった。

 新小結で迎えた一九一六年(大正五年)五月場所、四年間無敗で、五十六連勝中だった横綱太刀山(たちやま)をもろ差しから寄り切ると、国技館は騒然。当時の読売新聞は、「ツェッペリンでも襲来した様な人の狂乱!! 国技館が覆った様な動揺!!」と伝えている。

 大関で連続優勝を飾り、一八年五月場所で横綱に昇進したが、二度目の三場所連続優勝を果たした直後の二五年五月、「下り坂にならぬうちに」と、突然引退した。にもかかわらず、六年後に、年寄春日野(かすがの)として第一回大日本角力(すもう)選手権に出場し、玉錦、天龍ら並み居る現役力士を下して優勝、世間の度肝を抜いた。

 理詰めの相撲を考えた力士と言われ、腰を割り、鋭い出足と左のはず押しで相手にまわしを取らせずに一気に押し出す型を持っていた。栃木市の相撲研究家・板橋雄三郎さん(51)は、「生家近くのトロッコを押して鍛えたのが押しの強さにつながった」と見る。

 春日野親方として四十四代栃錦、四十九代栃ノ海の両横綱を育て、栃木県の「栃」の字を全国に広めた大功労者でもある。藤岡町大前の星宮神社には功績をたたえる顕彰碑が建つ。

【個性豊か 本県力士】

 三人の横綱以外にも、個性あふれる県出身力士は多い。

 日光・男体山の異名をしこ名とした二荒山瀧右エ門(ふたらさんたきえもん)は、一七八三年(天明三年)十一月場所の一場所だけ東大関を務めた。当時の西の大関は、後に四代横綱となる谷風。相撲は取らず、大きな体を客に見せるだけの“看板力士”だったと言われている。

 小川町出身の玉ノ富士茂は、一度、大相撲から離れて自衛隊に入隊。復帰後に関脇に上り詰めたという変わり種。五十五代横綱・北の湖(うみ)が全盛期を迎えた一九七四年に入幕し、七八年三月場所に関脇に昇進。懐の深さを生かした取り口で幕内を四十一場所、三役を十二場所務めた。現在は、片男波(かたおなみ)親方として後身の指導にあたる。

 現役幕内力士として活躍するのは北勝力英樹。東京都大田区生まれだが、両親の出身地である黒羽町出身として登録されている。九三年三月場所に初土俵。十両をわずか二場所で通過し、新入幕の二〇〇二年五月場所で十一勝を挙げて敢闘賞。〇四年五月場所では一横綱、三大関を総なめにして十三勝を挙げ、優勝決定戦で敗れたものの、殊勲、敢闘両賞を受賞。翌場所、関脇に昇進した。初場所は東前頭八枚目。今年は再び三役入りを狙う。

 那須塩原市出身の日出(ひで)ノ国太子郎(たいしろう)は〇三年三月場所で十両(西十三枚目)に昇進したが、一場所で幕下に陥落、同年十月に引退した。地元でちゃんこ屋を開いたものの、格闘技への夢あきらめ切れず、総合格闘技「パンクラス」に、リングネーム「太子郎」で返り咲いた。

【最高位の行司も】

 結びの一番だけを裁く、行司の最高位「立行司」の第二十代木村庄之助は一八七六年、鹿沼市の出身。八歳で入門し、六十九連勝中の双葉山の土俵を裁いた。二月五日から、壬生町立歴史民俗資料館で企画展が行われる。 

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