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夏祭りで「牧歌舞伎」 佐野・常盤中佐野市北部の牧(まぎ)地区に伝わる郷土芸能「牧歌舞伎」が、佐野市立常盤(ときわ)中学校の生徒らによって受け継がれている。1年生12人が毎夏、地区住民らで作る牧歌舞伎保存会の手ほどきを受け、地元の夏祭りで、「白浪(しらなみ)五人男」を披露する。秋には、その生徒が講師となり、同級生にせりふ回しや所作を教える。生徒は、郷土の文化を体で学ぶことで、地域への愛着と誇りを感じているようだ。(上田詔子) ◆堂々の大見え
5人の盗賊衆が、捕り手に追いつめられて大見えを切るおなじみの場面。紫の着物をまとった生徒らに、観客から「高藤屋!」などと合いの手が入り、おひねりが舞台に飛び交った。 8月末、同市葛生の嘉多山(かたやま)公園で行われた「くずう原人まつり」の舞台。役者はもちろん、拍子木で効果音を作り出す「柝(つけ)」、進行役の「口上」と、演ずる12人はいずれも常盤中の生徒だ。 顔にドーラン、着物に高げた履きの動きは少しぎこちなかったが、約15分を演じ終わると、皆、満足そうに、笑みを浮かべた。 ◆伝統を受け継ぐ 「170年間受け継がれた伝統芸能を演じるという、誇りと自信を持って、思いっきりやりなさい」。指導にあたった保存会座長の飯塚豊治さん(48)は上演前、そう言って生徒を送り出した。 小林玄君(12)は、「かっこいいから」と自ら志願して、日本駄右衛門を演じた。「セリフ回しや立ち回りが難しくて、うまくできなかった」と話すが、1メートル70の長身で迫力満点に演じ切り、「楽しかった」。 弁天小僧を演じた、飯塚未来さん(12)は、座長・飯塚さんの長女。幼いころから牧歌舞伎を演じる父親らの姿を見て、「自分もやってみたいと思った」と話す。「本番はセリフをつかえちゃったけど、後輩に出演するように勧めたい」 上演後、保存会のメンバーは一人一人にねぎらいの言葉をかけた。「堂々と良くできた」 ◆5演目を継承 牧歌舞伎は江戸末期、歌舞伎役者が巡業に訪れ、地元の若者に教えたのが始まりとされる。1960年には、踊り手が県指定無形文化財の認定を受けた。だが、継承者が減ってほとんど上演されることもなくなり、「幻の牧歌舞伎」と言われていた。 80年ごろ、危機感を覚えた継承者の一人が地元の青年団に呼びかけて保存会を結成。「白浪五人男」「仮名手本忠臣蔵」など5演目が受け継がれている。 同校での指導が始まったのは97年。保存会の飯塚さんらが、「このままでは、我々の後が育たない」と、再び後継者不足を心配したためだ。以来、毎年7月に、1年生から役者を募集。8月には週1、2回、蒸し暑い夜の体育館に、生徒と、仕事帰りの保存会会員数人が集まり、汗びっしょりになりながら、稽古(けいこ)に励む。 ◆観客と一体感 最初は、恥ずかしがっていた生徒も、2回目の練習には、セリフをほぼ完ぺきにそらんじ、セリフの抑揚や独特の所作も、急速に身につけていく。 出演した生徒は、今月から、総合的な学習の時間などを使って、ほかの同級生に教えている。10月には、校内で発表する予定だ。 座長の飯塚さんは、「地芝居である牧歌舞伎は、地元で守り育てているため、演者と観客に壁がなく、一体感がある。皆で舞台を作りあげる魅力を皆に知って欲しい」と話す。 また、加藤茂校長は「地域の伝統を学べることは素晴らしい。生徒が地域の大人とふれあえるのも有意義なこと。将来、子供たちが牧歌舞伎の後継者として育ってくれれば、うれしい」と語る。 ■佐野市立常盤中
1学年35〜40人の小規模校。生徒が少ないため、野球部やサッカー部はないが、卓球、軟式テニスの各部がある。今年の春季大会で、軟式テニスは女子団体で県3位に輝き、8月に廃部になったバレーボールも春夏とも県大会進出を果たすなど、部活動は、少数精鋭で活発だ。 牧歌舞伎をはじめ、地域とのつながりが深く、総合的な学習の時間では、郷土料理の「耳うどん」作りや、民話語りを聞いたりなど、地域文化を学ぶことに重点を置いている。 所在地=佐野市豊代町。1947年創立。生徒数113人、学級数5。
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