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山あげ祭(烏山町)

 烏山町の「山あげ祭」は、450年の歴史を誇る「日本一の野外劇」だ。町の目抜き通りを即興の舞台に、次々と演じられる歌舞伎。その後ろでは、竹の骨組みに烏山和紙を幾重にもはった舞台背景「山」が高く上がり、劇を彩る。町を離れた人も、必ず町に戻ってくる7月下旬の3日間。「おらが町」の自慢の祭り・山あげの心意気をご覧あれ。(上田詔子)


写真:写真説明
 創業約160年の老舗、島崎酒造専務の島崎健一(しまざきけんいち)さん(35)は、今年の当番町・仲町で筆頭世話人を務めた。「山」の制作から祭りの運営まで、若衆や踊り子など総勢200人をまとめあげた。

 子どものころから祭りに心躍らせた。小学生からおはやしで太鼓をたたき、高校生で若衆を手伝った。

 仲町は60世帯ほどしかない。人手不足で町の先輩たちは当番町の辞退も検討したが、「自分の代で辞める訳にはいかない」。大役を引き受けた。

 祭りの準備に追われ、春からは「家には寝に帰るだけ」の日々。1月に生まれた長女は妻に任せきりだった。しかし、36年前に筆頭世話人だった父利雄さん(74)は「よくやった」と伝統の祭りを支えた息子の奮闘に、満足げだ。

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写真:写真説明
 住友生命保険烏山支部長の一瀬澄人(いちせすみと)さん(37)は、島崎さんに誘われ、若衆に加わった一人だ。

 生まれも育ちも大阪。2002年10月、会社の営業拠点を任されて、この町に移り住んだ。

 2年前にみこしを担ぎ、みんなで祭りを作る魅力に引き込まれた。今年は若衆として山作り。持ち前のリーダーシップを買われ、祭り当日は10メートルもある「大山(おおやま)」の仕掛けを取り仕切った。

 電線が張り出す狭い道でもきれいに山が上がった。千秋楽、「これで終わるんだ」と思うと涙がこみ上げた。

 まもなく転勤でこの地を去る。「仕事にはない達成感が味わえた。一生の思い出」と感謝の気持ちでいっぱいだ。

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写真:写真説明
 踊り子が豪華けんらんに舞う歌舞伎。その指導を一手に担うのは、師匠、西川扇士浪(にしかわせんしなみ)(本名・越雲深雪(こしくもみゆき))さん(42)だ。

 11歳で舞台デビュー。中、高校生の時も「役が取りたくて」、毎週末のけいこに励んできた。

 長年続く山あげだが、町内で指導者がなかなか育たず、1990年ごろ西川さんに白羽の矢が立った。

 「山あげを守り育てるため芸を磨こう」。そう決意し、27歳で日本舞踊・西川流の門をたたいた。猛特訓の末、1年で名取試験に合格。扇士浪の芸名を得て2003年、師範になった。

 教えを受ける長女の佑子さん(20)も、ほぼすべての役を演じるまでに成長した。豪壮な舞台で舞う“烏山流”は脈々と受け継がれる。

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写真:写真説明
 町内のブロック製造会社役員、松本明(まつもとあきら)さん(55)は、囃子方(はやしかた)保存会の4代目会長。今年も軽快なおはやしを響かせた。

 近所から聞こえる「粋な音」に引かれ、10歳で太鼓の手ほどきを受けた。20歳代のころには、仲間6人と多くの全国大会にも出た。親から「盆と正月くらいは休め」とたしなめられるほど練習し、腕を上げた。

 しかし、町におはやしを受け継ぐ人がいない。危機感を持ち7人で地域を回って教え始めた。町の中学校でも教え、これまで指導した生徒は700人ほどになる。教え子も成人、約20人が保存会に入った。

 「(伝承の)道筋は見えてきた。でも、まいた種がちゃんと成長するまで頑張らないといけない」

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写真:写真説明
 「町長が祭り好きなのでなく、根っからの祭り好きだから町長になれた」

 町民から、そう冷やかされる町長の福田弘平(ふくだこうへい)さん(68)。山あげの“生き字引”とも呼ばれる。

 和紙職人の三男に生まれた。烏山は1300年の歴史を持つ和紙産地。「伝統を守りたい」と大学を中退し、紙漉(かみすき)になった。

 40歳で鍛治町の筆頭世話人として祭りを仕切った。情熱は衰えず、52歳の時、和紙のちぎり絵で山作りに挑戦。今も自宅に大切に飾ってある。

 山あげは今、曲がり角にある。人手が足りず予算も厳しい。このため、10月に控える南那須町との合併を前に、山あげをどう保存していくか対策をまとめる。「祭りと共に生きてきた集大成。いい形で山あげを後世まで伝えたい」

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