連載:街の詩 (48)「嫌なこと 逃げちゃダメ」

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「寄せられた返信に、私も励まされています」と話す中本さん
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闘病日記 メルマガに 「嫌なことから逃げてはダメ。嫌なことから逃げられる人生はない」
足立区の中本雅子さん(43)は、大勢の人の前で何度も繰り返してきた言葉を自分に言い聞かせた。
三年前の暮れに、念のために検査を受けた。その十日ほど前、ふろ場で体を洗いながら、右胸にそら豆ほどのしこりを見つけていた。「乳腺症かな」と思ったが、しこりは、急激に大きく、固くなっていったからだ。
「乳がんです」。検査の翌日、医師は、前置きもなく切り出した。「相当進行しているので、抗がん剤から始めます。合う薬がなければ、二、三年だと思って下さい」と、その医師は続けた。
「まさか自分がこんなことになるなんて」。その「嫌なこと」が、近づいていた。
◇
大学を卒業後、デパートに就職。新入社員の研修を担当したことがきっかけで、三十歳の時、中小企業などを対象に研修を行う会社を、友人と設立した。
三十八歳からは、友人の経営する玄米の食品加工会社の営業を手伝い始めた。業績は好転していった。研修と営業の仕事を掛け持ちしながら、「毎日がおもしろくてたまらない」日々を送っていた時の、宣告だった。
◇
入院後、抗がん剤の治療が始まった。投与は五回。三回で効果がなければ、打ち切りと伝えられていた。一回目の後、医師らが「変化なし」と確認し合う様子を目の当たりにして、「死」という文字が頭に浮かんだ。
「成果は、少しずつ表れるものじゃない。ある時、ドーンと、結果が出る。すぐにあきらめないで」
髪の毛が抜け落ち、絶望してしまいそうになる中、研修で自分が話していた言葉を思い出した。営業で、いくら会社を回っても、契約がとれないと嘆く会社員を、励ました言葉だった。
研修で話してきた内容は、話し方教室や心理学教室、カウンセリングなどのセミナーに通って身につけた知識。「じゃあ、あなたは出来るのか」。そう言われているようにも思えた。
まわりのがん患者は、思っていた以上に穏やかだった。病室や談話室で話すのは、便秘にきく食べ物や昼食のメニューなど、ごく日常の話だ。「ささやかなことに喜びを見いだし、前向きに生きている。一度はだれもが絶望したはずなのに……」
見舞いの友人から、日記帳を渡された。「これをすべて埋めるまで、私は生きているのだろうか」。そんな不安を抱えながら、知識ではなく、経験として感じたことを、少しずつ書き留めていった。
◇
三回目から効き始め、五回目の治療を終えたころに、しこりは消えていた。
退院後の昨年夏、ホームページを作った。メールマガジンに、日記につづっていたことを書き始めた。
「励まされた」「プリントアウトして読んでいる」などの返信が寄せられた。今では、患者や家族ら全国の約四百人が登録し、メールマガジンは八十号を超えた。
それをまとめ、今年五月、「がんから教わるワンショットセラピー」(文芸社、八百円)を出版した。「だれもが励ましたり、励まされたりしている」。中本さんの体を、「嫌なこと」が、通り過ぎていった。(村井 正美)
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