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逆風に拓く
(1)デジタル布プリント

「デジタル布プリント」の印刷をチェックする諸星専務(手前)と忠義社長(左)
模索重ね培った技術 アズマ・ファブリックプリント(八王子市)
 地域経済を覆う閉そく感は多摩地区も例外ではない。中小企業には厳しい逆風が吹く。出口の見えない今だからこそ、かつて世界に誇った「ものづくり」の力を見つめ直したい。アイデアを絞り出し、持ち前の熱意で不況に立ち向かう多摩地区の製造業。未来にかける人々を追う。

 雪が降り積もるかやぶき民家のちぎり絵、器に盛られたリンゴやオレンジ……。パソコンのプリンターを大きくしたような印刷機から、鮮明な図柄が写し出されたポリエステル布が現れてきた。ちぎり絵の紙の繊維、果物の表面の光沢まで本物そっくりに再現されている。

 パソコンに取り込んだ絵やイラスト、デジタルカメラの画像を布にそのまま印刷する「デジタル布プリント」。同プリントを扱うアズマ・ファブリックプリント(八王子市下恩方町)の諸星亨専務(48)は、「布に模様を染める度に型を作る必要がなく、少量の注文にも応じられる。パソコンからじかに印刷できるので、短期間に仕上げることができるんです」と誇らし気に話す。

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 江戸時代以来、絹織物の産地として栄え、「桑都(そうと)」とも呼ばれた八王子市で、父親の忠義社長(78)がネクタイ製造を始めたのは一九五七年。高度経済成長とともに事業は軌道に乗り、織機の性能向上を背景に、七〇年代以降はマフラーやスカーフ製造にも手を広げた。

 しかし、七〇年代も半ばを過ぎると、中国、韓国などの安価な外国製品との競争が激化。新作の展示会に積極的に出品するなど販路拡大に取り組んだ。が、新製品の開発コストが大きな負担になっていった。

 六年前の一九九七年十月。諸星さん親子は、大阪市で開かれた織機や撚糸(ねんし)機などの見本市を訪れ、「コニカ」が新分野への進出を狙い考案した、新型プリンターに目がくぎ付けになった。型染めではなく、布に染料を直接吹き付けるタイプのプリンターだった。「見た瞬間、何かに使えるんじゃないかとピンときた」(諸星専務)。メーカーも実用化に向け、織物に詳しいパートナーを探していた。こうして、九八年初めから、織物業を通じて付き合いのあった地元織物組合の技術センターの協力を得て、模索が始まった。

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 しかし、多難を極めた。プリンターから染料を微少な点状に吹き付け、印刷後に布に熱を加えて発色させるが、布目の細かさや生地の厚さによって発色の具合が異なった。経験を積み重ねるしかなく、本業である織物業が休みの土日に布にプリントし、技術センターの熱処理の設備が使える週明けに布を持ち込むという作業が続いた。メーカーがプリンターの染料に改良を加える度に、布にのりを付ける前処理や熱処理の仕方を変えなければならなかった。

 さらに生地は加熱したり、のりや余分なインクを落とすために洗浄したりすると縮みが起こるため、あらかじめ画像をどのような比率で印刷すればよいのか計算する必要があった。布の種類や、熱処理や洗う時間の長さによっても縮み方が異なった。十種類以上ある生地ごとに、気の遠くなるような試作品作りを続けた。

 ようやく市場に出せるようになったのは、プリンター導入から三年半がたった一昨年六月のことだ。現在では、多品種少量生産に適したこの技術を使い、企業や商店の宣伝用の垂れ幕やのぼりをはじめ、有名居酒屋チェーンののれん、テレビ番組の背景セットのプリントなども手がける。洗濯しても色落ちに強く、アイロンもかけられる。パソコンを使ってプリント画像を作るので、文字入れなど様々なデザインも自由自在だ。

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 コニカの安斉秀行テキスタイル・インクジェット営業部長(54)は、「プリンターはいろいろなことができるので、逆にどんな製品が市場に受け入れられるのかを探るのにも苦労があったはず」と諸星さん親子を思いやる。

 織物業から印刷分野への業種転換で、売り上げはピーク時の八分の一程度にまで減った。しかし、デジタル布プリント商品化当初に比べれば三倍近くにまで増えた。諸星専務は「生地は『生き物』。だから、画像を正確に写すのは難しい。良かったと思える反面、大変なことになったという気持ちも半分」と本音を漏らす。衣料分野への応用など、新たな可能性も広がっており、試行錯誤は続く。


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